をんな二人暮らし

1/1

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ

をんな二人暮らし

「山本さんってお友達と暮らしてるんでしたよね? いいなあ」  朝のラッシュの時間帯、ふとお客さんが途切れた瞬間に、隣のレジに立つミカちゃんがそう呟いた。この春大学に入ったばかりの彼女の言葉には、邪気がない。 「二人とも早くに旦那亡くして、不便だからって一緒に住んでるだけよ。別にいいもんじゃあないわ」 「えー、でも良いじゃないですか。ずーっと仲の良い女友達と、ルームシェアってやつ? 楽しそうで」 「ま、退屈はしないわよ」  そう返すとすぐにお客さんがやってきて、会話は止まった。    これは一週間前の朝の一幕である。なんてことのない会話だが、妙に頭にこびりついて離れない。  パート先から帰ってきて、ふと冷たいものを飲みたいなと冷蔵庫を開けたら、牛乳が切れていてことに気づき、 「買ってきてって恵子に連絡しなきゃ」  そして、スマートフォンを手にした瞬間、耳の奥でミカちゃんが喋り始める。 「良いじゃないですか、楽しそうで」  手ではLINEを開きながらも、私の意識は数十年前に飛ぶ。    言葉で責め立てるタイプだったうちの人とは違い、恵子の夫はすぐに手をあげる人だった。彼女の顔色は日に日に悪くなり、手足の痣は隠し切れなくなっていた。  見ていられないと思ったとき、私の口から自分でも予想だにしない言葉が出た。 「ねえ、もう殺してしまわない?」  たぶん、私もおかしくなっていたんだと思う。  結論だけ言うと、私は恵子の、恵子は私の夫を殺した。    一緒に住もうと言い出したのは恵子の方だ。お互いの信用と安心と監視のためだとのことだが、今に至るまで真意は分からない。    扉が開く音がした。恵子が帰ってきた。 「ただいまー。牛乳買って来たわよ。あら、今日早かったわね」 「おかえり。そ、今日は早上がり」  こうして言葉を交わすたびに、私たちは罪の意識に縛られる。    別に良いもんじゃないのよ、ミカちゃん。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加