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をんな二人暮らし
「山本さんってお友達と暮らしてるんでしたよね? いいなあ」
朝のラッシュの時間帯、ふとお客さんが途切れた瞬間に、隣のレジに立つミカちゃんがそう呟いた。この春大学に入ったばかりの彼女の言葉には、邪気がない。
「二人とも早くに旦那亡くして、不便だからって一緒に住んでるだけよ。別にいいもんじゃあないわ」
「えー、でも良いじゃないですか。ずーっと仲の良い女友達と、ルームシェアってやつ? 楽しそうで」
「ま、退屈はしないわよ」
そう返すとすぐにお客さんがやってきて、会話は止まった。
これは一週間前の朝の一幕である。なんてことのない会話だが、妙に頭にこびりついて離れない。
パート先から帰ってきて、ふと冷たいものを飲みたいなと冷蔵庫を開けたら、牛乳が切れていてことに気づき、
「買ってきてって恵子に連絡しなきゃ」
そして、スマートフォンを手にした瞬間、耳の奥でミカちゃんが喋り始める。
「良いじゃないですか、楽しそうで」
手ではLINEを開きながらも、私の意識は数十年前に飛ぶ。
言葉で責め立てるタイプだったうちの人とは違い、恵子の夫はすぐに手をあげる人だった。彼女の顔色は日に日に悪くなり、手足の痣は隠し切れなくなっていた。
見ていられないと思ったとき、私の口から自分でも予想だにしない言葉が出た。
「ねえ、もう殺してしまわない?」
たぶん、私もおかしくなっていたんだと思う。
結論だけ言うと、私は恵子の、恵子は私の夫を殺した。
一緒に住もうと言い出したのは恵子の方だ。お互いの信用と安心と監視のためだとのことだが、今に至るまで真意は分からない。
扉が開く音がした。恵子が帰ってきた。
「ただいまー。牛乳買って来たわよ。あら、今日早かったわね」
「おかえり。そ、今日は早上がり」
こうして言葉を交わすたびに、私たちは罪の意識に縛られる。
別に良いもんじゃないのよ、ミカちゃん。
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