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掌で広げた餅に餡玉を落とし、餅の端をつまんで皺を寄せるようにして包んでゆく。その動きは丁度、中華料理の餃子を包む動作と似ているかもしれない。和菓子と言えども、その発展過程において中国の点心の影響を受けていることは、意外と知られていない事実だ。そういった意味で、当時の菓子には甘くないものも存在していたことは、和菓子の歴史を紐解く上で興味深い・・・ などとうんちくを垂れながら拓海が餡玉を包み、豆大福を成形している。それを見ている静は感心しきりだ。
「いやぁ拓海君、才能有るよ絶対。上手い上手い」
「静さんの教え方が上手いからですよ。才能なんて僕には」
今、『澁谷』の厨房では、静による和菓子作り教室が絶賛開催中なのだった。
「いやいや判るんだって、その筋の人には。きっと和菓子に限らず、そうなんだと思うよ。自分が上達してきた過程を知っているから、相手がどの程度の技量を生まれながらにして持っているかを、正確に測れるんだと思うな」
「ちょっと器用なだけですから」
「それに引きかえ・・・」静は拓海の向かい側に視線を流す。
「何よ~? このお餅、小さ過ぎるんだってばぁ。直ぐに破けちゃう。あっ、ほら」
そう言いながら菊乃は、失敗作をポンと口に放り込む。
「あんた、食うためにわざと失敗してるでしょ? 判ってんの? 君の修行の一環なのだよ、菊乃くん」
呆れ気味の静の小言も、菊乃にとっては暖簾に腕押しだ。新たな失敗作を生産しながら、菊乃はしおらしく返事をする。
「はぁ~い、判ってま~す」
静が深い溜息を漏らした。そして気分を変えるように振り返る。
「ねぇ拓海くん。そんなに上手なんだから、『澁谷』に婿養子に来なさいよ。こんな菊乃で申し訳ないけど、貰ってくれない? あなたが来てくれたら、師匠も安心だと思うよ」
彼女の言う師匠とは、当然ながら菊乃の父、史人のことである。静は史人のことを師匠と呼んだり店長と呼んだり、あるいは社長とか先生などとも呼ぶこともある。
しかし菊乃にとって静の提案は、聞き捨てならないもののようだ。
「ちょっと、勝手なこと言わないでよ、静さん。私の理想の男性はねぇ・・・」
そう言って菊乃が夢見るような視線を宙に舞わせていると、店の方から史人がやって来た。
「悪い、静ちゃん。ちょっと店番を代わってくんねぇかな?」
「あっ、いいですよ。んじゃ拓海君。考えておいてね」
そう言い残して静は店の方に消えて行った。立ち去り際に、拓海の肩をポンポンと叩くことも忘れなかった。
「何を考えておくんだ?」
「いやぁ、大した話じゃないですよ」
ポカンとした顔で聞く史人に、拓海は頭を掻いた。しかし既に史人の頭からは、静の言葉は揮発してしまっているようだ。事情を知らない静が居なくなり、声を低くした会話が始まった。
「仕事だ」
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