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今度の重右衛門は大丈夫だろうか? お菊は不安と期待の入り混じった視線を向けていた。しかし重右衛門は、彼女の複雑な視線には気付かない様子で、左腕にはめた腕時計のようなものにしげしげと見入りながら尋ねた。
「これは何であろうか、お菊どの?」
「それはトランスポンダ―というものでございます」
「虎・・・???」
「このカラクリ物によって、重右衛門さまを遠い異国に跳ばすことが出来ます」
今度の重右衛門は大丈夫だろうか? 同じ疑問がお菊の胸中にわだかまった。今、彼に求められているのは、剣の腕前という物理的な要素だけにとどまらない。全く知らない環境に放り出されても尚、その衝撃に耐えつつミッションを遂行し切る精神的なタフさの方が重要でなのである。同時に、深い所まで詮索せずとも仕事をこなす、潔い職人気質も必要だ。
果たして今度の重右衛門は?
「な、なるほど。承知した」
彼にとってみれば得体の知れない事態が進行中であり、怯んで然るべきだろう。しかし重右衛門はそれら驚愕やら疑念やらを無理やり飲み下し、順応しようと努力しているのだ。その健気な姿を見たお菊は思わず笑みをこぼす。そして懐からニュース映像のハードコピーを取り出し、それを重右衛門に手渡した。それを見た重右衛門が目を丸くする。
「これはこれは巧みな人相画であるな。色彩も鮮やかで、まるで生きているようだ」
「その男が、今巷を騒がせている、山崎文博と申す下衆の者でございます」
「しかも、珍妙な衣服をまとっておるようだが」
「左様でございます。それが重右衛門さまがこれから向かう異国の装束にございます」
「ふむ。して、この後ろに描かれた白い功利の様なものは何か? かなり大きそうだが」
重右衛門は山崎の後ろに映る、白い高級SUVを指差した。それは常磐自動車道で撮影された車載カメラの映像である。
「それがかの国での駕籠にございます。こやつはそれを駆って、他の駕籠を煽るという悪行三昧の日々を送っております」
「うむ。確か『煽り駕籠』と申したかな? なんとも腹立たしい娑婆塞げ(世の中の邪魔にしかならない奴)よのう」
そうしてお菊は、隣に座る拓海を紹介した。
「ここに居ります神蔵が重右衛門さまを、間違いなく山崎の元へと送り届けますゆえ、重右衛門さまには手はず通り・・・」
「承知しておる。その男を斬ったらば、この虎ん・・・」
「トランスポンダ―」先ほどからお菊の隣で黙していた神蔵という若い男 ──年の頃は、お菊とさほど変わらなそうだ── が、初めて口にした言葉だった。
「そう、この朱色の突起を押し込めば、再びここに戻って来れるのであるな?」
拓海が付け加える。
「間違っても、誰かの肌と触れ合っている時に、それを押さないとお約束頂きとうございます。さもなくば、その者もここに引き連れてきてしまうことに」
「合点した。心配には及ばぬ」重右衛門は力の籠った眼で拓海を見た。「ただ、その異国とやらについて、もう少しお聞かせ願えぬか? もしや、言葉も通じぬ国であろうか?」
「いいえ、重右衛門さま。少し変わった言葉を使いますが、通じぬことはございますまい」拓海に代わってお菊が答えた。「ただ、あちらで無用に言葉を交わすことは、お控え頂いた方が宜しいかと存じます」
重右衛門が重ねて尋ねる。
「はて、それは何故かな?」
「その異国ではあらゆる物が、この国とは異なっております。重右衛門さまが見たことも無いようなカラクリ物を使って、反撃して来るやもしれません。彼方に着いたら早々に事を済ませ、早々に戻ってくるのが肝要でございましょう」
「うむ、確かにそうだ。肝に銘じよう」
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