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2022→2023
「すみません、何もないうえに狭いところで」
玄関を開けた途端、ひんやりとした空気に出迎えられ、今日はまだ母が仕事から帰宅していないことを高遠颯斗は知る。
「俺と颯斗の関係だ。今さらだろう。気にするな」
次いで背を屈めながら玄関の引き戸をくぐったのは、早いものでつき合ってもうすぐ四年を迎えようとしている颯斗の恋人で、最近ではハリウッドを拠点に活躍する超人気俳優の龍ヶ崎翔琉だ。
「だから年を越すのは俺の実家じゃなくて、六本木の翔琉の家のほうがいいって言ったじゃないですか」
先に上がり框へのぼり、背後の翔琉を振り返る。
途端、颯斗は強く抱き締められ、久しぶりにムスクの芳香を鼻腔いっぱいに吸い込む。
あ……翔琉が帰ってきた。
俺のところへ帰ってきたんだ。
耳許へ寄せられた翔琉の唇でその帰還を実感し、自然と顔が綻んでいく。
「年末くらいはお母様に一度、ご挨拶しておく必要があるだろう?」
艶っぽい低い声がまるで颯斗を口説くように囁いてきて、どきっとした。
三年かけてようやく翔琉の隣にいることに馴れたのに、ハリウッドと日本で離ればなれになる期間が多かったこの一年もの間に、すっかり『超人気俳優龍ヶ崎翔琉』耐性が元通りになってしまったような気がする。
というか、ハリウッドに行ってから、より男ぶりが上がった──?
颯斗を抱きしめているその身体が、以前より厚みを帯びていて瞠目する。
現在なんの撮影を頑張っているのかわからないが、確実にまた人として何ランクも大きく成長しただろうその痕跡にひどく焦った。
これじゃあまた、翔琉と対等になれる日が一段と遠のいてしまうじゃないか。
やっとこの春から社会人になれるんだって楽しみにしていたのに。
けれど当の本人はそんな颯斗の機微など一切気がつかないようだ。
相変わらず左手の薬指の指環はこまめに手入れされているようでピカピカである。
ハリウッドへ行っても日頃からその指輪を大事にしていることが窺えて、胸の辺りがむず痒い。
将来たくさん稼げるようになったら、絶対にもっといい──給料三ヵ月分のプラチナを翔琉へ絶対にプレゼントするぞとひとり決意する。
「いや、母様に気を遣う必要なんてないですよ」
きっと颯斗の母も仕事で疲れ切ったところで煌びやかな龍ヶ崎がいると知ったら、卒倒してしまいそうなので、正直事前連絡なしに引き合わせるのは気が乗らない。
きっと翔琉は気にしないと言うかもしれないが。
「他人行儀に言うな。俺は颯斗の旦那様だろう」
まるで携帯電話の充電器と本体の関係のように、翔琉が颯斗の肩へしなだれかかるように顎を乗せてきて、どこか甘えるようにその立場を確認してくる。
「……俺の、だん、なさま」
独り言として反芻しているつもりだったが、すぐにその言葉を拾われ、ふたたびどきっとしてしまう。
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