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内心、酷く焦っていると、俺の顎を捉えていた紫澤は大きく笑い、あっさり手を放した。 「もしかして、期待……しちゃいましたか?」 悪戯っぽく笑う紫澤に、少しの怒りが込み上げてきたが、期待ではないがキスされることを一瞬でも想定してしまった俺は、罰が悪くなってしまう。 「相変わらず、そういうところは可愛いままですね。単に、高遠君は甘いものが苦手だからお菓子より物の方が良いと思いまして……あと、ほんの少しの嫌味も込めまして、ね」 満面の笑みでそう告げた紫澤は、語尾だけやたら表情とのギャップがある、棘のある言葉に俺の全身には思わず戦慄が走っていた。 ――紫澤先輩、留学から帰ってきてある意味、パワーアップしているんですけれど。 確かに、有名なアメリカの甘過ぎるお菓子をお土産に貰うより、歯磨き粉の方が実用的で嬉しいし。 逃げ腰となっていた俺は、そこでふと我に帰る。 あ……そうか。 翔琉への誕生日プレゼント、別に高いものとかでなくともいいのか。 実用的なものでも、喜んでもらえる可能性はあるってことだよな。 でも、翔琉が日常的に使うものって言ったら……? 俺は貰った紙袋を大事そうに握り締めると、深々と紫澤へお辞儀をした。 「紫澤先輩、ヒントをありがとうございました! それと、ご卒業おめでとうございます。今度、就職祝いとお土産も兼ねて改めてお礼をさせてください」 てきぱきとお礼を告げると、俺は善は急げとばかりにバイト先のカフェへと入って行ったのだった。 唖然とした紫澤を構うことなく、独りその場へ残して。
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