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ハロウィンの後で(Twitter掲載)
「今日はいつもより疲れた。ハロウィンだったからだな」
高遠颯斗はバイト先である六本木の高級カフェのバックヤードで、盛大な溜息をつく。
今日はハロウィンということで、オーナー指示で店員全員が何かしらの仮装をさせられていた。当然、衣装は店側が準備している。
三十代半ばのイケメン店長はドラキュラ伯爵で、三十代前半の癒し系副店長は玩具の聴診器を首から下げたドクター。出勤している他の店員たちも、ポリスや怪盗、ナイトメアー・ビフォア・クリスマスのジャック等それぞれの特徴や雰囲気に合ったものが用意されていた。
「――で、何故俺だけは狼の被り物なんですか?」
思いの外、毛で覆われているその被りものは視界が閉ざされている。その下は、いつものギャルソンの格好だった俺は、滅多に口にすることのない不満を露わにしていた。
「ごめんね、高遠君。何でも、常連客の龍ヶ崎さんたっての希望だから。高遠君の顔を曝け出さない、って」
申し訳なさそうに副店長が告げる。
――翔琉のヤツ、何だソレ。顔だったら、いつもバイト中は客へ晒しているだろうが。
ムッとしながら俺は心の中で呟くと、不意にロッカーの中で携帯電話が震える音がした。
――翔琉は今夜、遅くまで仕事だって言ってたし、一体誰だろう?
慌てロッカーの鍵を解錠し、俺はいつも使用しているデイパックから震えるそれを取り出した。
「あ、心織だ」
改めて周囲に誰もいないことを確認し、俺はその電話へ出る。
「もしもし」
『はろー、颯斗くぅううん? 皆の心織くんだよー! らーぶ!』
第一声で、心織が酔っ払っていることに気が付く。
「おい、心織。酔っ払ってるな?」
『そんなことないよおおおん!』
気持ち良さそうに心織は言う。
はあ、と俺は軽く溜息をついて、酔っ払い相手との不毛な会話を続けた。
「ハタチになったからと言って、ちょっと飲み過ぎじゃないのか?」
心配そうに俺は言った。
『ぜーっんぜん! モーマンタイ! デス!!』
少し前の銀行を舞台としたドラマで流行った登場人物の特徴的な言い方で、そう心織は言い返す。
「あー.......、それ全然ダメだろ? 今からそこへ迎えに行くから、場所を教えろよ」
『らい、じょーぶっ!』
呂律がだいぶ回らない口調で心織はご機嫌に言う。
――少なくとも俺は、お酒が解禁になっても呑まれるほどまで呑みたくはないな。
何とか心織から居場所を聞き出した俺は、マイ自転車でそう遠くはない六本木のとあるクラブへと急いだ。
黒服の男たちが外へ立っているその前で、ベロベロに酔った心織を捕獲すると、俺は周囲に頭を下げ、自転車の荷台へ酔っ払いを乗せた。
「ちゃんと掴まってろよな」
『へーい! この心織クンに、任せとけぇ!』
変なポーズを取りながら心織は言うと、颯斗の背へ顔を押し付けそのまま黙り込んでしまう。
――まさか、寝たのか?
急に重さを感じる背後に、一抹の不安がよぎる。
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