いいお兄さんの日

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「――お兄ちゃん、か」 バイト終わり、私服へ着替え外に出た俺は、夜空を眺めながら改めてそう口にする。 あの男の気配を察せずに。 「ほう。颯斗は、兄が欲しいのか? それとも、兄になりたいのか?」 振り向かなくとも、グレーの瞳を眇め立っているだろうことが予想できる男に、俺ははっと息を呑む。 「違いますよ。俺、一人っ子だから兄弟というものにただ憧れただけで……」 翔琉に背を向けたまま、俺は呟く。 「――そうか。では、今から颯斗と俺で兄弟ごっこをしよう。俺が、颯斗の“良いお兄さん”になってやろう」 「は? 何、言ってんですか?」 呆れた口調で返すと、翔琉は俺の右手を引き、今宵初めて対面する。 “良いお兄さん”発言があったが、そもそも翔琉は今日が“いいお兄さん”の日だと知っていたのだろうか。 ブランドの帽子にサングラスをかけていた翔琉は、やはりそれだけでは芸能人オーラを隠せていない。 誰が見ても、龍ヶ崎翔琉だと分かってしまう。 だというのに一体、どうして翔琉はこんなところで……。 「主演は弟役の高遠颯斗と兄役の俺、龍ヶ崎翔琉――つまり、ダブル主演だ」 無茶苦茶な提案に、すぐさま俺は訝る。 「クランクインするぞ」 翔琉のその言葉を合図に、周囲の空気は一変していく。 言葉には表せない、ここへ立つ者しか味わうことのできない独特の空気だ。 ――あ、これが憑依型俳優と呼ばれる“龍ヶ崎翔琉”の凄さ……なんだ。 演技初心者である俺も、不思議とその空気に呑み込まれていく。
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