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写真とはなんと残酷なものだろう
「見てください。妻と撮った、10年程前の写真です。」
そう言って手渡された一枚の古びた写真には、2人の男女が笑顔で映っていた。
「妻、美人でしょ?モデルの卵だったんですよ。」
男が言った。
カールのかかったミディアムヘアに、
通った綺麗な鼻筋。ぱっちり二重に力強い目元。
整った白く綺麗な歯。
恵まれた素材をこれでもかと活かして見える爽やかな笑顔。
それは、CGで作ったようなお手本のような美人だった。
「ええ。とても美人だ。でも、負けてない。」
私はそう言って、目の前の男と写真の男を見比べる。
堀の深い顔立ちや、愛くるしい垂れ目。
端正な顔立ちという表現がぴったりの男だと感じる。
写真の二人はお似合いの、美男美女のカップルに見えた。
そして目の前の男は、時の流れにより容貌は変わっているものの昔の名残が確かに残っていた。
「とても素敵で幸せそうなカップルですね。」
私は言った。
男は苦虫を噛んだ顔をしている。
「思い返すと、沢山の思い出があります。妻と私はスポーツが大好きでよく一緒に運動したものです。スノボーやサーフィン、テニスやフットサル。沢山の思い出があります。しかし…。」
男は一息ついて言った。
「…全ては昔の話なのです。」
男はうつむきながら続ける。
「…写真とは、とても残酷な物だと思いませんか?」
「どういうことでしょう?」
男の唐突な問いかけに、私は面を食らったように尋ねた。
「そこには幸せな時が写っている。しかし、人は決して過去には戻ることは出来ません。」
「…そうですね。」
男は顔を上げ、真っ直ぐこちらを見つめ言った。
「自分がいかに幸福だったのかは、それを失って初めて気づくものです。」
そして男は再び視線を床に落とした。
失ってから気づく
確かにその通りだと思った。
当然のようにあるものが幸せだったと気づける程人は賢くない。
友人も親も、仕事も恋人も、
全ては失ってからその大きさに気づくのだ。
でも、だからこそ…
「未来へ進める。」
「え?」
私の呟きに、男はあっけにとられた顔をしていた。
「人生は確かに、切なく残酷です。
永遠というものはなく、どんなに大切なものでもいつかは別れを言わなければならない時が来るでしょう。」
「……。」
「しかしそれは逆に、
辛い時期も永遠ではないということ。」
「!」
「過去には戻れない。でも未来へは進める。
失ったものは戻らない。でもだからこそ、
今の幸せに気づき日々を大切に生きられる。」
私は一息つき、今度は男の目をしっかり見つめ言った。
「幸せだった時には戻れないけど、
それらを全て踏まえた上で、幸せな未来は作ることが出来るはずです。」
「幸せな未来は作れる…。」
男は自分に問いかけるように私の言葉を反芻した。
「そう。だからもう一度頑張りましょう!
立ち上がって、前を向いて…!!」
私は拳を作り、胸を二度叩き言った。
「大丈夫!私がついています!!」
「先生…!!」
男は立ち上がり私の手を掴んだ。
その目は先ほどの絶望感溢れる目ではない。
希望を見据えた目をしていた。
「俺、頑張るよ!もう一度妻とスポーツするんだ!!」
「ええ、絶対成功させましょう!」
体重110キロ。
不摂生により超肥満体になってしまった悲しき男。
ダイエットトレーナーとして、この男を必ず痩せさせる!
そしてこの写真のような笑顔と体型を取り戻して見せるのだ!
「さあ、まずは1キロウォーキングだ!」
完
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