14年前

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「ね、小野寺さんは初恋いつ?」  こう君がベッドの上から話しかけてきた。まだベッドに備え付けてある電気は点けたままだ。俺は、足元の壁を見て本棚の一番上にあるハートは何だろうと考えていた。掌サイズの立体的な小さなハート。よく見ると、ハートは本棚の真ん中程にも一つあった。赤くはない。何色だろう……。部屋全体がオレンジ色になってるから、よく分からないや。 「うーん……いつかな。覚えてないな。」 「ほら、初めてドキドキしたときとか、覚えてない?」  こう君はまた迫ってくる。 「ドキドキ?」  俺は視線だけこう君に送った。こう君は天井を見つめたまま何か考えている。 「うん。一緒にいてドキドキするとか、話をした後で思い出してドキドキするとか。」  一緒にいてドキドキか……。俺は、コウイチと「元」から帰る途中にドキドキした事を、何となく思い出した。 「うーん、最近かなあ。」  俺の言葉に、こう君の声が大きくなった。 「最近? 小野寺さん、……好きな人いるの?」 「い、いないよ! まさか! 今は誰とも付き合ってないし、誰も好きじゃない。」  好きな人? コウイチが? まさかそんな事ある訳ないし。しかし、ふとおにぎりを食べた時のコウイチの笑顔を思い出し、ドキッとした。自分の胸に手を置いてみる。これがドキドキ……? いや、違う。……違うはず。 「ふーん……。ならいいや。……小野寺さん、好きな人ができたら教えてね。」  こう君は、また普通の調子に戻った。何か考えている様子のこう君を見て、思春期なんだなあ、と感慨にふける。好きな子がいるのかもしれない。 「こう君は、いないの?」  俺の言葉に、こう君は体ごとこちらを向いた。幼さを残しながらも青年に近づいてきている顔。切れ長の目が大人っぽく見せているのかもしれない。真剣な顔になって次の言葉を続けた。 「いるよ。……ずっと前からいる。」  ずっと前からかあ。マセてるなあ。俺は中1の時はどんなだったっけ……。そんな事を考えながら、何気なく言葉を発していた。 「へぇ、どんな子?」 「……教えない。……また、いつかね。」  目を少しだけ瞑ってから体を上向きに直すと、こう君が言った。悩める年頃なんだなぁ。まともに恋に悩んだ経験がない俺はちょっとだけ羨ましい。 「お休みなさい。電気消してもいい?」  しばらく、何か考えていたこう君は、顔だけこちらに向けて言ってきた。 「ああ、いいよ。……お休み。」  俺も寝ることにしよう。最後にもう一度本棚のハートたちを見た。こう君は、昔から器用だからな……。  電気が消されて真っ暗になった。目を瞑ってしばらくすると目の前に昼間見た砂浜が現れた。波の音がリズム良く響いている。俺はオレンジと白の縞模様の魚だった。早く海に帰らなくちゃ。コウイチが待っている……。 「ね、ちょっとだけ手を繋いでいい?」  眠りに落ちていく俺の手に、ベッドの上からこう君の手が降りてきて重なってきた。
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