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俺はペコペコと謝り、巌城さんは事情が分かると笑って許してくれた。
「ハハハッ。いやー、ガス爆発かと思いましたよ。紙鉄砲、懐かしいな。洸、作ってみたいか?」
俺が慌てて床に放った紙鉄砲を持った男の子へ向かって、巌城さんが声をかけた。コクコクうなずく男の子の様子を見ながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「こう君? は幼稚園ぐらいですか? 今日はお休みで?」
「夏休みですよ。私も昨日から夏季休暇を取ってまして。明日から、実家へ里帰りしようかと。」
「こう君、幼稚園は楽しい?」
俺が話しかけると、男の子はまたコクコクうなずいた。
「昨年妻が出て行ってから、人見知りが激しくなって。慣れないうちはあまり喋らないんです。でも隠れてない分、あなたには心を開いてるのかも。」
巌城さんは、優しい表情で息子を見つめた。
「男手一つでは大変でしょうね。」
「まあ確かに。でも楽しんでますけどね。仕事が忙しくなると、お手伝いさんを頼んだりしますが。」
そこまで話すと、ふと気づいたように言葉を続けた。
「前回も配達はあなたでしたね? これから何度か接触があると書かれていましたが、担当はあなたということですか?」
俺は準備していた答えを言った。
「はい。一年間で10回ほど伺う予定です。荷物を渡すだけの方が多いと思いますが、よろしくお願いします。」
「お名前は伺っても?」
「小野寺奏といいます。」
ここまでは大丈夫なはず。
「あの……。」
巌城さんは戸惑いながら口を開いた。
「何年……。」
「すみません。お答えできません。」
これは重要だと何度も警告された。過去に介入しない。ちょっとの油断で未来が大きく変わるのだ。俺は一配達員。それ以上でもそれ以下でもない。名前は告げてよい。ただそこまで。ただそれまで。何も知ろうとしてはいけない。知ってはいけない。
居心地の悪い空気が流れ、それを断ち切るように巌城さんが明るく声を上げた。
「いやー、すみませんね! さっきの書類にも書いてあったのに、好奇心に勝てなくて。こちらの書類にサインをしましたので、持っていって下さいね。今後ともよろしくお願いします。」
俺も慌てて頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
頃合いを見て暇を告げ、俺は帰ることにした。
「では、今後ともよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。連絡が取れないのは不安ですが、気長に待っていますので。」
玄関先で会話している巌城さんの後ろから、小さな顔が覗いた。手には先ほどの紙鉄砲が握られている。
「バイバイ。こう君。またね。」
屈んで目を合わせようとすると、男の子は父親の陰に隠れた。
「ばいばい……。」
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