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カシャ
小さな音が早朝の静けさの中で少しだけ響いた。
明るく柔らかい光が顔を包む。目を開けた。ここは……そうだ、こう君の部屋だ。こう君は? ベッドを見ると、こう君が片肘を立てて頭を乗せ、こちらを見ていた。
「小野寺さん、おはよう。」
柔らかな笑顔を見せる。まるで少年時代をどこかに置き忘れたかのような笑顔だ。
「あ、ああ。おはよう。今何時?」
いつもと雰囲気が違うこう君に戸惑いながら、自然に思った事が口について出た。
「6時。小野寺さんの寝顔か、……面白かった。」
こう君が顔を赤くした。どうした? ……ん?
「そう? 口開けてた?」
「開けてた、開けてた。」
こう君はいつもの笑みを取り戻し、はははっと笑った。
「起きよっか。」
俺たちは手早く着替えをした。後ろを向いてパジャマがわりのスウェットを脱ぐこう君を見ながら、俺も持ってきたワイシャツに袖を通す。毎回のお泊まりが決まって以降、俺は替えの下着とワイシャツ、寝間着を持参していた。こう君は本当に大きくなったなあ……。大きなクリーム色のドッドが飛んでいるこう君の黒のトランクスを眺めながら、身支度を終えた。
2人で一緒に部屋を出る時、昨日本棚にあった立体ハートが消えているのに気づいた。
「あれ? 昨日のは……夢か?」
ぼんやり考えながら、部屋を後にした。
「おはようございます。」
居間に行くと、巌城さんとこう君の祖父母が揃っていた。
「ああ。小野寺さん、おはようございます。よく眠れましたか? 洸、イビキかきませんでした?」
巌城さんが後ろから入ってきたこう君を見て、ニヤッと笑いながら言った。
「かくわけないし!」
後ろを見ると、こう君が真っ赤になっている。そんな姿を見て、みんな声を出して笑った。いつも寡黙なおじいさんも「はっはっは!」と声に出して笑っていた。
「ご飯にしましょう?」
おばあさんが台所に消えると、こう君も「手伝う」と後に続いた。おじいさんがトイレへと席を立ち、巌城さんと2人きりになった。すると、巌城さんが自分の傍に置いた鞄の中から、メガネケースと書類を取り出した。
「メガネ、見させてもらいました。こちらのレポートもお持ちください。」
「はい。お世話になりました。」
メガネと書類を受け取り鞄にいれる。と、巌城さんが口を開いた。
「次は2年後ですね。首を長くして待ってますね。
「はい。ありがとうございます。」
笑顔を作って巌城さんを見る。巌城さんはまだ何か言いたいような顔をしていた。
「洸には、いつも1ヶ月前にしか教えてないんです。アイツもいつ来るかいつ来るかと待ってますから。」
「ありがとうございます。」
なんだか、もっともっとこの心地よい空間にに浸っていたくなった。仕事と関係なく来れればいいのに……。
「俺も2年後が待ち遠しいです。」
厳密には多分2週間後だけど……。
その後、5人で食卓を囲んだ。だんだんと寂しそうな顔になり口数も少なくていくこう君に何もできなかった。そして、こう君の食い入るような眼差しを背中に受けて巌城家を後にした。
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