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22年前
白く塗られた壁の一部をさわる。俺の手紋に反応して扉が現れ、開いていった。
「……あ。」
思わず声を出しそうになる。目の前に、この部屋の管理人である男がいたからだ。俺より頭一つ分大きな体で、胸板も厚い。貧弱な身体の俺からしてみれば、羨ましい限り。男はもっさりとした少し癖のある前髪の奥で俺を一瞥すると、奥の机の方へ移動して行った。
『相変わらず愛想ないな。ま、会話する必要はないって聞いてるけど。』
前回は初めてということもあり、緊張していた俺はほとんど話もできなかった。
俺も形だけ頭を下げて挨拶がわりにし、部屋の中へ踏み込んだ。ここへ入るのは2度目だが、相変わらず異世界に迷い込んだような気がする。20畳はあろうかという広い空間を、全体的に藍色に塗った壁や天井。床も黒い。灯は間接照明が3か所。入り口から正面に向かってある大きな窓がなければ、閉鎖的な空間に俺は1日ももたない自信がある。その窓は、今日は雲ひとつない青空と、遠くに見える富士山を映し出していた。
窓の左側の壁に向かう。手紋を合わせようとした時、机の上のパソコンに向かっていた男から、声がかかった。
「時間……。」
「へっ?」
思わず、変な声が出た。
「な、何?」
「狂ってる。携帯よこせ。」
『狂ってる? 何が? おれが? ……ああ、これね。』
仕事の時には必ず持つことが義務づけされている古くさいガラケーを鞄の中から探し出して渡すと、男は、
「バカか……。」
と言って何やら操作を始めた。
男の声は低い。でかい身体に合ってる。まだあまり話したことはないが、とても心地の良い声だということは分かっている。バカと蔑まされたような気もするが、そこは気の優しい俺、スルーしてやろう。友だちになりたい。
「ねぇ、名前は?」
話しかけると、長い髪の隙間から睨まれたような気がした。
「話をするなと言われてないか?」
携帯を差し出しながら、男が呟いた。
「話をする必要はないって言われたけど、話をするなとは言われてない。」
思わず拗ねたような口調になる。黒のジーンズに白のコットンシャツ。俺と同じぐらいの年のはずなのに、妙に落ち着いている。男は、壁に沿って置いてある黒のソファに座りながらため息を一つ吐いて口を開いた。
「コウイチ。」
俺は思わず笑顔になった。
「俺は奏(かなで)。小野寺奏。23歳。よろしく! コウイチくん!」
元気に挨拶をして、ようやく扉に向かった。
友だちになれるかも。気分が浮き足だっていた俺は、扉が閉まる前にコウイチが呟いていた言葉は聞こえなかった。
「知ってる……。」
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