5人が本棚に入れています
本棚に追加
「……本、ですか?」
「そう、小説なんだけど肝心な所が抜けちゃってるんだよね」
動いていた手が止まり、重い首が小豆の頭を小突く。背中越しの体温が間近で感じられてお互いの鼓動が鮮明に響く。
「どんな話なんですか」
「掻い摘まんでしかわからないなぁ……」
う〜んと肩を縮こませて伸びをする小豆は眠気から覚めた雛鳥のように目を開くと、どっかり少年の背にのし掛かった。
「重いです、先輩」
「女の子にそんなこと言わないっ」
抱きつくように首に腕を回し、離れないように固定すると彼は諦めたようにため息をつく。
そんな彼の優しさに甘えて首元に自身の頬をすりすりと寄せていると、茶柱の手許からスケッチノートがこぼれ落ちた。冷たいタイルに着地したそれが風に吊られてぺらぺらとページが捲られる。
「相変わらず絵上手だね」
「こんなもの、反復ですよ」
そう言って揺れ動く紙束を手で静止させる。そのなかで、先ほど書いていたものが目に留まった。白紙の下地に卓越な黒の繊維が幾層にも重なって、1羽の鳥として描かれている。
「これって……セキレイ?」
「はい、ハクセキレイです。セキレイといっても標準名がそれである種は無くて、セキレイ属とイワミセキレイ属というのがあって……」
細かく説明を行う茶柱を微笑ましく眺めながら、少女は頬杖を突く。
「主に水辺に住んでいて長い尾を上下に振る習性があるんですよ。雌雄が仲むつまじいことから中国では相思鳥ともいうそうです」
目をきらきらさせながら話をする茶柱の表情は普段の何倍も明るく、つい頬が緩んでしまう。
「……綺麗だね」
思わずそんなことを口にすれば、後輩も嬉しそうに笑った。こんな会話をもう幾度となく繰り返してきて、もうすぐ二ヶ月が経つ。
あの日以来、私たちはこうして恋人としての日々を過している。
最初のコメントを投稿しよう!