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「富永さんは今まで滞ることなく返済していただいてますので、今後も滞ることさえなければご希望にそった返済方法で対応しますよ?」
完全にビジネス用だなとわかる作り物の優しそうな微笑み。
……ちょっと頭を整理しよう…。
目の前にいる黒いスーツの男前な人を、母は糸巻さんと呼んでいた。
借金のことを……金額まで知ってて、返済の相談をしているあたり、間違いなくこの人個人か、この人の関係する会社かなにかからお金を借りている。
そして我が富永家には借金が二千万とちょっと……。
ちょっとした家なら買えるような金額。
そんな話を目の当たりにして、富永家のひとり娘であるあたしこと富永絵里は、その金額にただただ放心するしかなかった。
こんな莫大な金額を、母は一人で抱え込んでいたの?
……頼ってくれてもいいのに……
混乱と戸惑いの嵐が心の中で吹き荒ぶ中、必死で冷静を装いつつ、ちゃぶ台にお茶を二人分置き、黙って母の隣に静かに座った。
「私はのちのち歳をとって、おそらくこれから病気にもなるでしょうし、満足にいくつまで働けるかわからない。」
ふぅ…、と一息つき、母は話の続きを口にした。
「娘を巻き込みたくないの。払える限り私が返済します。私にも生命保険をかけています。私が死ねばあと一千万保険金でお返しできます。払える限りは払い続けますので、払えなくなったその時は、私の寿命が尽きるまで返済を待っていただけますか?」
ふむ…と、顎に手をやり、少し考え込んでいる様子の糸巻さん。
別に好みでもなんでもないが、やはり見目が麗しいと、いちいち様になるため、つい目がいっていまう。
「……いいでしょう。では、明日念書を作成しお持ちします。」
「………ありがとうございます…。」
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