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プロローグ3『True』
「優秀な部下、ね――」
先刻言われた上司の声が反芻した。
喧噪の治まった館に再び本来の静寂が戻る。それまで聞こえていなかった音が蘇り、青年の耳に奇妙な音を届ける。
ピチャンっ。身体のスイッチを切り替えるように、何らかの液体が落ちる。
凭れたまま、テーブルの末端を視る。
豪勢な食卓の彩られた上で、切り落とされた片腕が浅黒い血液を流していた。
じっとりと絨毯に暗赤色のシミができる。
料理はまだ冷め切らないのか、未だに湯気立った品がお目通り。
香ばしい馨を漂わせるそれらは、そのどれにも手がつけられていない。
それはまるで卒然と主人が立ち去ったかのような光景だった。
考えればわかることだ。ここはあまりにも静か過ぎる。
それもそのはず、ここギルド北方支部にいた総勢160人の駐屯兵はつい今しがた、青年が一人残らず殺し尽くしたのだから。
視界を広げる。ぬちゃり、椅子の脚が奇妙に軋んだ。
鳴りを潜めたソレに目をみやる。
床に突っ伏した壮年の騎士。とうに絶命したソレは右肩に椅子脚が食い込んでいる。
煩かったので、猿轡を含ませたソレは無惨にも白目を剥きだしている。
暖炉には灰を喰って息伏せている男性隊員。廊下にでれば、歩く度に蹴躓きそうになるほどの屍の川がぐったりと転がっている。
並ぶのは無数の骸。項垂れて力尽きた者もあれば、守るように死んだ女もいる。
常人が視れば目を疑うような光景。けれども生憎、青年にそのような感情はない。凍りつくほど無で、乾いたように見つめていた。
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