9人が本棚に入れています
本棚に追加
『吹雪の社』
さむい。寒い寒い寒い寒いっ。
女はひどく冷えていた。白く、透けるほどほっそりとした四肢を容赦なく風が打ちつける。
心のそこに寒さが棲みついたように、灼けるほどの氷炎がついぞ体から離れない。
地は踏むごとに雪を帯びて、寒さは嫌に肥大する。衣は雪のように白く牡丹を咲かせ、その肌もまた白い。長く氷柱を編んだ髪は吹雪が攫っていく。
女は寒さを連れている。女は寒さそのものだった。
女はこの寒さが嫌いだった。だがその寒さから逃れることはできない。身震いの余地すら与えぬ冷えは、意思関係なく周りを雪に埋めていった。
吹雪は嫌いだ。否応なくわたしを一人にする。空はいつまでも夜。雲に遮られては月も見えない。
いつからだろう。こんな存在になってしまったのは、果たしていつからか。遠い彼方に忘れた記憶はもう思い出すことは叶わない。
明かりが欲しい。女は陽の明かりに焦がれている。だが凍えを纏う彼女は陽を浴びることはない。女は雪女だった。雪女は陽を浴びれば溶けてしまう。
囲炉裡の灯を求めた。が触れること叶わず、その前に溶けた身体が冷ましてしまう。
人のぬくもりを求めた。けれども人は脆い。吐息の少しで凍え死ぬ。目の前にあるのに届かない。女が持ちうるのは寒さのみだった。なぜだ? なぜ自分はこうなった。なぜ自分でなければならなかった? なぜなぜなぜ。
疑問に答えるものはおらず、答えのでない後悔は女を摩耗させた。
いつしか寒さは女の怒りへと変わった。しんしんと降り積もる雪は、やがて憎悪を掻き立てる吹雪となり果てた。
憎い、わたし以外のすべてが憎い。陽を求めて何が悪い。なぜ叶わぬ。なぜ届かぬ。
ならば死ね。皆凍え死ね。自分だけが浴びれぬなど、そんなことは認めない。どうせ逃れられないのなら、すべて雪に埋めてしまえばいい。
そうして女は山も川も集落も、雪山に住まう明かりという明かりを自らの冷気で消していった。目に映るものすべて氷つかせた。
けれども怒りはどこにも行き着くことはない。各地の野山を凍てつけ、いっそう怒りが募るのみだ。
どこまでもどこまでも続く雪原、白く暗い景色の真ん中で女はひとりだった。
最初のコメントを投稿しよう!