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思ったより広い家だった。立派な梁に支えられたおえには細やかだが趣がある。うすばりには柿が干されていた。
囲炉裏の火がばちばちと唸る。階段の反対、蝋燭の灯へ向くと、積み上がった本の隙間に若い男の姿を見た。おそらくあれが家主だろう。
風に煽られた板壁がうるさく、戸を開いてもこちらに気づいた様子はない。
少年の面影を滲ませた薄い皮膚は、泣き腫らしたように見える。
灰が混じった黒髪は雑草が踏みつけられたようにやはで、縒れた衿から覗く首筋は屍人のように痩せていた。
読書に耽っている、というわけでもない。書に目を通してはいるものの、表情は上の空だ。
なんて顔をする。煙に撒かれたような曖昧な輪郭。枯れた目の潤みを溶けてた蝋に代弁させるような横顔を女は呆然と見つめた。
「あれ、お客様ですか」
もうしばらくその横顔を眺めていたかったが、その前に男がこちらに気づいてしまった。
「……一晩休ませてくれ」
そう零した自らの声を女は疑った。人に頼みごとをするのははたして何年ぶりだろう。
「そうですね。雪もひどいですし……。わかりました。狭い家ですがどうぞ」
不本意だった。が、男の見せた微笑があまりにも印象的だったので、女は一瞬怒りを忘れ床に上がった。
ちょうど夕食だったらしく、ぐつぐつと囲炉裏の上で蓋を開けた鍋が踊っている。傍のヘラでかき混ぜれば豊かな薫りが燻り出す。
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