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腹立たしい。ふつふつと怒りがこみ上げてくる。腸が煮え繰り返るようだ。
人の気も知らないで勝手なことを吐かしてふざけるな。誰がこんな存在になりたいとおもったか。誰が願ったか。
ひととは、なんと愚かな生き物だ。たかが人一匹で私の怒りが治るか。
愚鈍にも程がある。そのような存在が私の求める陽を持っているとは甚だ憎らしい。
だがそれよりもなお、かつて感じたことのない種の怒りがこの男に対して燃えていた。
なぜ、そんな顔をする。なぜそんなに笑える。
なぜお前はそんなにも、自分の生を軽んじることができるっ!!
「——れ、が。誰が、貰ってやるものか」
「?」
「誰が貰ってやるものか。誰が奪ってやるものか! 侮るなよ、人間。私はお前になど興味はない。お前のような人間、殺す価値もない」
これまで何人もの男を凍てつかせた。どれも皆私を恐れていた。死を恐れていた。それが生きているという証であり、だからこそ女はそれに固執した。
命は陽だ。それを持つものはみな死ねばいい。私の欲しい、私が持ち合わせていないそれを持つものは皆。
だがこの男は違う。自分の生に執着を持たない。いや、生を諦めた軟弱ものだ。
「私はお前など殺さない。お前を死なせない。お前も死ねると思うなよ。お前をどこにもいかせない」
心からの怒りだった。今ままで抱えたことのない種の激情。
腹立たしい。腹立たしい腹立たしい腹立たしいっっっ!!!!
殺してやる。いや殺しなどで済ませるものか。その薄っぺらい顔に消せぬほどの後悔を、忘れぬほどの恐怖を。死すら上回る絶望を。
「代わりにお前には永劫の凍えをくれてやる」
男が声を出す間もなかった。氷柱髪が逆円弧をなぞり描く。月明かりが髪に隠れ、男の視界を遮った。
雲隠れした月が再びみえる頃には、男の眼球は止まっていた。北風が背を撫でるように、淡く哀しい雪吻。
「———」
吹雪を呼ぶ吐息が口から直に男の内に流れこむ。全身は一瞬で霜焼けを起こし、冷気の奔った細胞は痙攣のまま脈を凍らせた。
心臓が止まるのに数秒と至らなかった。
網膜さえも凍った視界にけれども、依然意識はあった。
女のしたり顔が暗いながらも明瞭に見て取れた。
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