『吹雪の社』

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「フフ、死ねると思うなよ」  初めてみる女の無邪気な表情に面喰らった。それは凍死などという生半可なものではない。死という概念すらも凍らせる氷の(ちぎり)。  消えた蝋燭の、ため息にも似た煙がもくもくと空へ昇っていき———吹雪にかき消された。  外の空気は嫌に増してひどい。連綿とした(そそぎ)は終わることのない凍獄だった。 「お前は私と未来永劫この(こごえ)を味わい続けろ。」  男はパチクりと目を瞬かせた。尚もしばらく呆然と黙っていたが、やがてくすっと笑うと女の頬に手を侍らせた。 「優しいですね」  永い疲れから解放されたような、()れた笑みだった。女も言葉を否定することなく、そっと手を握り返してやった。 「——バカだな、お前は」  皮膚が凍る感覚も嫌いじゃない。そう思えば、胸の凍えも少しマシになる気がした。  一年中、雪がひどく誰も近づけない場所がある。  なにぶん嵐のように強い風と視界の悪さで、立ち入るものは愚か住う人などおらぬ。だがある場所を境にその吹雪もぴたりと止まる。  一基(いっき)の白い鳥居。雪に打ち据えられてそうなったのかは知らぬが、霞むほどの白さを誇るそれに阻まれるように、吹雪はそこで止んでいた。  その吹雪のなか、目を凝らしてみると、わずかに明かりが漏れているのだ。  噂には、雪女とそれを愛した男がいまでも時を(へだ)たず暮らしているのだとか。真偽は定かではないが、そう思わせるほどに(あかり)は穏やかなものだった。
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