僕は期限切れのフィルムでどこまでも綺麗な世界を写す

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 中学の頃、佐野と言う苗字の女子がいた。  読書好きで落ち着いた、大きなメガネが特徴的な女子生徒なのに金髪だった。プリンのように、上の方が黒くなっていた時もあったし、完全に染めていた。それでも彼女は「地毛です」と言い続けるような少し変な少女。  彼女の姉は僕らの二つ上で、校内ではかなり有名な問題児だった。一年の頃に廊下の横を佐野の姉が自転車で過ぎさって、騒動になった事なんかもあったくらいだ。  そんな人の妹だし、金髪だしで完全に佐野は教師陣や上級生、噂を拾った同級生たちから『危ない奴』認定されていた。さらに、何を考えているかも判らない彼女のことを皆は気味悪がった。  始まりは、僕が彼女と同じ図書委員になった事からだ。僕らの中学校は、佐野姉のような存在がいるくらいの荒れた学校だった。休み時間の図書室も秩序の欠片もない有様で、読書や勉強に集中できる場所ではなくなっていた。  目の前で騒ぐ上級生たちを注意したのは姉じゃない方の佐野。彼女はしっかりと図書委員の仕事をやってのことだが、そんな仕事あってない様なものだし、諦めて時間が過ぎるのを待つべきだと考えていた僕には衝撃だった。  佐野妹のことを恐れていたこともあってだろう。気味の悪い空気を残して、上級生たちは出て行った。図書室にいたのはそのグループだけだったから、その場所は僕と佐野だけの空間になった。 「ありがとう」  この空気と、少しの罪悪感を紛らわそうと。横の席に戻ってきた彼女に礼を入れる。 「ごめんね」  帰ってきた言葉はそんなセリフ。彼女は先ほどまで読んでいた本を再び読み始める。言葉の意味を確かめようにも、どうも話かけずらい。結局謎のままその日は終わってしまった。  その二日後くらいのことだった。学校で、佐野姉が集団で佐野妹を殴る蹴るという事件が起こった。理由は「妹のくせにでしゃばりすぎ」だった。  佐野姉は妹を嫌っている。妹のバックに姉はいない。それが広まった途端、恐ろしい日々が始まった。  教師、上級生、同級生。による佐野妹への総攻撃が始まった。  僕は最初はそれを見ていただけだった。でも、図書室で彼女の隣に委員として座っているだけで、目を付けられることもあった。彼らは、自分のせいで誰かが傷つくという事が、一番効率の良い精神的苦痛であるという事を熟知していたのだ。  そこで、彼女の謝罪の意味をしれた。彼女はそれがわかっていたのに注意したということだったのか。それとも、注意した後に後悔したのだろうか。  社交関係を一切行えなくなった今となっては不思議だが、僕はそんな佐野から距離を取らず、逆に近づいて行った。理由は簡単で複雑なものだ。 「初恋」の相手だったから。同じ図書委員になったのもそのためだ。僕は全く本に興味なんて無かった。  結局、彼女は僕の好意から逃げ続けた。今思えばアプローチが過ぎたなと思う事もした。青い記憶だ。成し遂げられたものと言えば、彼女から一冊の本を紹介してもらえたくらいだ。  好きな本を語る佐野は今思い出しても美しく、色鮮やかな景色の一枚として記憶の中で輝いている。それと、一度だけ部屋に招いた事もあったか。招いたと言うよりも、家でした彼女を匿った事が一度。  それが今までの人生のなかで一番輝いていた頃の思い出。ドミノ倒しは、彼女と違う高校に行った後から始まる。それは、もう今まで輝いていた心のフィルムがどんどん薄汚れていくような話だ。思い出したくも無い。
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