1人が本棚に入れています
本棚に追加
淡い記憶を引き出したのは、あの頃と同じような気持ちになったからだろう。「初恋」ではない。ただ、目の前にいる女性 『メリー』がその目に写している景色が色鮮やかであると感じたせいだ。僕もあの頃はこんな目をしていたのに、みたいな。
黒く長い髪はポニーテールにして、肌は健康的に焼けている。背も男性の平均ほどある。目を細めてしまうくらい爛々と人生の豊かさが輝いて見えた。
「驚きましたか? 我ながら、面白いアイディアだったと思うんですよ。夏にぴったりだったでしょ?」
引きこもりの陰鬱さ漂う部屋の中。彼女は僕の期限切れフィルムで現像された自分の写真を並べ、別世界にいるような笑顔で言ってきた。
「期限切れと言っても、フィルムは有限なんだ。遊びで使ってほしくないな」
「それはごめんなさい。でもまぁ、貴方がたまにとる写真は私のちゃんとしたフィルムから現像されているんです。その分、私の方が損しているわけなんですから」
そう言ってメリーはバックの中から写真束を出してきた。僕が怪奇現象に見舞われても撮り続けていた窓からの写真。
それは、確かに僕が今まで撮ってきたものとは違い、ハッキリとした写真だった。でも、思った以上にただの窓から撮った写真。特に感動なんてない。それは、彼女のカメラから出てきたのだけど、やっぱり僕が撮った写真だったからだろう。
「でも、良いですよね。期限切れのでもやっぱり趣があります。何だか、ぼんやりと覚えている昔の記憶みたい。はっきりとしない所がまたいいと言うか、思いでの写真って、本来こんな感じがベストなのかもしれないですね」
彼女の言葉に少し驚いてしまう。だって、僕が思い描く過去の記憶ってものは、彼女のカメラから出てくるような、色鮮やかな景色なんだから。
「まぁ、自分は残すことが目的じゃないから。いくら趣があっても意味がないんだけどね」
「私もそうなんだけど。うーん、でもこれはもったいない。……なんて、思っちゃいます」
メリーは、写真を掲げたり、光にあてたり、様々な角度で見ながら光悦とした表情を見せている。そんな表情を見せるということは、色あせていた過去に何らかの思い出があるのだろうか。
何を思ったのか、僕はそんな彼女に向けてシャッターを切った。彼女の横に置かれたカメラから写真が現像される。完全に現像されるまでの一瞬のうちで僕は軽く後悔をした。一体何をしているんだ。
最初のコメントを投稿しよう!