僕は期限切れのフィルムでどこまでも綺麗な世界を写す

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 メリーは表情を戻したが、僕に対して何を咎めることなく、現像した写真を渡してきてくれた。 「お返しです」といって、彼女も僕を撮影しようとしてくる。 「まって、そっちのカメラだと僕のフィルムで現像される」 「いいんです。私はそっちの方が好きなんです。まぁ、好きになったのは今さっきなんですけどね」  そういって、メリーは窓の前に僕を立たせて一枚撮った。  お互いの写真を見比べる。  僕が撮った写真にはしっかりと彼女の表情が写っている。対して、彼女が撮った写真は酷かった。色褪せが強く、インクが写ってなくひびが入ったような線が数か所あった。右上の角は完全に色がない。これは稀にみる外れフィルム。人が写っていることはわかる。それが僕だということも。でも、他はもうぐちゃぐちゃだった。  それなのに、僕が撮った写真よりも、彼女の撮ったものの方が心惹かれるのはどうしてだろうか。僕のも悪かったわけじゃない。寧ろ最高傑作だ。でもなんだか、彼女のものは本当に僕という人間の過去も未来も全てを平面世界に押し込めたような。そんな一枚のような気がした。 「これは、最高傑作ですね!」   それは彼女も同じ感想のようで、また写真を様々な角度で見ながら悦とした表情を見せてくる。 「私、このカメラで人を撮ったのは初めてなんです。自分すらも撮ったことなかったんですよ」 「そういえば、僕もそうだ」  確かに、このカメラをもらってから一度も人を映したことがなかった。相手がいないということもあるのだろうけど。僕は、ただただ窓の外を撮り続けるだけだった。  彼女を撮った写真をポケットの中にしまう。彼女もそうだが、僕も一応最高傑作が撮れたんだ。それなら、このタイミングが一番なんだろう。 「なぁ、このカメラあげるよ」  目の前にカメラを置かれた彼女は戸惑いの目で僕を写す。 「いいんだ。また写真を回収しにここまで来るのは面倒だろ? 僕よりも君が持つ方がいい。フィルムも全部上げるよ」 「いや、そんな。大丈夫ですよ。別にここまで来るのはそこまで苦じゃないですし」 「本当にまた来る気だったのか」  そう聞くと、彼女は下を向く。少し間をおく、声音を変えて「だって」と甘えるように話し始める。 「私、ずっと一人だったんです。写真を撮り始めてから」  自分のカメラを指でなぞりながら、彼女は目を泳がせる。そこまで見て、自分が彼女の一挙手一投足に集中し過ぎていたことに気づく。目線を窓の外に写して、彼女の言葉の続きを待つ。 「色んな事があったんです。それで一杯一杯になって。旅に出ました。ただ、旅をするだけじゃ寂しいので、カメラを買って写真を撮ることを目的として景色のいいところとか、パワースポットを回って写真を撮りました。そして、あるとき気づいたんです。写真を撮っている時、それに集中していると気を紛らわすことができている自分に。それから、私の旅の目的は写真を残すことから、より楽しく写真を撮れる場所を、嫌なことに囚われない瞬間を求めるものになりました。そんなときに、今の異常現象が起こったんです」  異常現象。彼女の周りに広がる、僕のフィルムから現像された写真に目線が写る。あのフィルムたちが写しているのは本来、この部屋の窓から外を撮ったもののはずだ。それなのに、メリーが旅先で撮った写真が現像されている。 「そして、導かれるようにここに来てしまいました。でも、良かったです。貴方と話して、写真を取り合って。そうしていると、やっぱり嫌なことを忘れられるんです」 「だから、また来るのか?」 「……いや、やっぱりいいです。いま考えれば、迷惑な話でしたね。少し、興奮してしまっていたのかもしれません。最高傑作がとれましたしね」  僕を写した写真を掲げて軽くたたいて見せた。 「ただ、良ければなんですけど。今度、旅に同行してもらえませんか?」  確かにその瞬間。僕の心は揺らいだ。  彼女にカメラを渡そうとしたのは、この生活から抜け出そうという決意。だからといって、カメラがないだけで元の生活に戻れるわけはない。今の生活になったのはカメラのせいじゃないし、寧ろ今この状態を保てているのはカメラのおかげだ。  結論、彼女は嫌なことから逃げるために僕を利用しようとしているんじゃないのか。そう思うのがなんだかしっくりとくる。というか、それ以外の可能性を極力考えないようにしたかったのかもしれない。それなら、僕も彼女を利用すればいい。  僕は彼女の誘いに乗ることにした。
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