僕は期限切れのフィルムでどこまでも綺麗な世界を写す

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「ここからの眺め、最悪だね」  部屋に入れてから、かれこれ一時間。親に内緒で同級生の女子を部屋に入れるなんて、どうかしているかな。なんて、考え始めていた矢先に彼女が一言を発した。 「私の部屋からは、海が見えるの。結構遠くだから、眺めがいいってわけじゃないんだけどね。でもここよりかはマシ」 「僕は、意外と好きなんだけどなぁ」 「うん、私も」  一体なんなんだと思いながら彼女の動作を目で追う。  タオルケットにくるまって、ベッドの上で丸まっていた佐野は立ち上がると、両手の指で額縁を形作り窓の外を捉えた。 「なんか、落ち着く景色」  指を戻し、傷だらけの肌をなぞりながら佐野はベッドに腰かける。  彼女に訊きたいこと、話したいことはたくさんあった。こんな夜中に、僕の家の前で泣いていた理由。その色の薄い肌に落書きをするように痛々しく刻まれた傷の数々。そんな深いところじゃなくても、僕は彼女について多くを知りたかった。 「そういえば、本持ってたよね」 「これ?」  彼女はベットの端の方に置いていた一冊の本を手に取って軽くたたいた。ブックカバーの付いたその本は、何度も読み返したのだろう。今の彼女のように一ページ一ページがボロボロになっている。 「それなんて本なの?」  一番話しやすそうだったから、その話題を選んだ。彼女と僕の間を繋ぐものといえば、図書委員であることくらいだ。本の話ならしやすい。  これすらも、答えてくれるかわからなかったけど、彼女は答えてくれた。題名は実は覚えていない。彼女と話せるその瞬間に集中し過ぎていたんだと思う。でも、彼女がそれを語る姿は鮮明に記憶した。あくまで表情を崩さず淡々と語る彼女だったけど、その言葉の一つ一つに綺麗な何かが宿っていた。  純情きらめくひまわり畑。ネオン街のマスカットワイン。切ない夏の終わり。彼女の語りが上手いのか、その小説にそれほどの魅力があるのか。僕は、見ても知ってもない物事をおぼろげながら想像し、花火が上がってはじけるような幻想に包まれていた。 「私、大人になったら旅に出ようと思うんだ。とにかく遠くへ行きたい」 「じゃあ、僕も一緒に行くよ」  僕はいつも通り、彼女に対して格好をつける。どこかの物語から引用したようなお粗末なセリフ。子供の僕は彼女の思いを汲み取れず、自己満足の言葉を出してしまう。  それでも、彼女は微笑んでくれた。何も知らない僕に対して。
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