僕は期限切れのフィルムでどこまでも綺麗な世界を写す

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綺麗な世界の可能性を奪う精密機械ほど、僕とよく似ているものはない。  レンズを向ける先にはこの部屋の窓から見える外の景色。唯一この部屋に招いたことのある少女はこの窓の風景に対して「最悪」という評価を言い放ったものだ。向かいの民家のせいで遠くは見通せず、その民家との間を通る路地は面白みのかけらもない。  それでも僕はシャッターを切る。ピントを合わせたりとか、角度を調整したりなんかしない。初めからこだわりなんて意味がないからだ。  僕はこの行為を三日に一度、決まった時間に行う。大学入学と同時に親戚からもらったポロライドカメラと大量の期限切れフィルム。こだわってとっても、変色や写らない箇所があったりで残念な仕上がりになるそれを、僕は二年間窓からの写真を撮ることで消費し続けている。  自分でもおかしいことをやっていると思う。でも、他に撮るものがないんだ。でも、撮りたい。最近は撮った写真が現像されなくなったりでいよいよこの行為の意味がなくなってきているんだけど、多分この先も取り続ける。結局は自分主義なんだ。  本来、ポロライドカメラは撮った瞬間に現像されるものだ。現像されたときはまだ色はなく、数分立つと絵が浮かび上がる。でも、ここ一か月くらい、このカメラはいくらフィルムをセットしていても僕が撮った写真を現像してはくれない。壊れたってわけじゃないんだけど……。  窓を閉めて、カメラを定位置に戻し、ベットに腰かける。  世間は夏休み。それは、僕の心に少しの安らぎを与えてくれるものなんだけど、外から聞こえる楽し気な声たちは憂鬱だ。手元とリモコンで付けた冷房がすぐに効いてきて、この世界の狭さを改めて実感してしまう。  突然、ポラロイドカメラが動き出して一枚の写真を現像した。何気なしに、手に取ってもまだ写真は真っ暗。その写真をテーブルに置いて、僕は二度寝をきめることにした。  いつも通りの日常。退屈な日々に刺激はいらない。ただただ、緩やかな怠惰があるだけでいい。その条件を満たす最高の行為が睡眠だ。何もかも忘れさせてくれる。  そんな睡眠をニ十分くらいで、終わらせたのはカメラから現像される本日二枚目の写真だ。薄い意識の中、先程の一枚目の写真に手を伸ばす。その内容ないつもと違ったものだった。  写っているのはメモのようなもの。変色はしているが、欠けている部分はない。これは、当たりのフィルムだ。メモに書かれている文字も濃くハッキリと浮かび上がっている。  その書かれていた言葉に僕は固まってしまう。 『私メリーさん。今からあなたの家に行きます』  背中が汗で濡れていくのを感じる。二枚目の写真をポケットに入れて部屋を見渡す。  ――とりあえず、片付けないと。
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