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「じゃあ書類があるんで、代わりにサインしてもらってもいいですか?」
そんなものはない。中を見るために、一度ドアを開けさせたかった。
「……ポストに入れといてください」
「今持って帰らないといけないんですよー。吉田君の契約更新に必要で。お願いしますー!」
そう言うと、暫くの沈黙の末、ブツリと音声が途切れた。
(流石にダメか……)
小野が諦めかけていると、ドアがゆっくりと開いた。
中からは髪のボサついた女性が現れた。見たところ同い年くらいだろうか。しかし女子大生にしては清潔感のかけらもない。部屋の電気はすべて消えており、外からの光もほとんど入っていないようだ。いま開いた扉から差し込む日光だけが唯一の光源だった。
しかしそれ以上に小野を驚かせたのは臭いだ。──入り口からでもわかる、鉄臭い、血の臭い。
「……」
「すいませんねぇ。ちょっと待ってくださいねー……」
小野がポケットをまさぐる仕草をしながら、部屋の中へ視線を投げた。酷く散らかっているが、吉田の姿はない。しかし、小野から見える部屋の奥、スタンドミラーを通して直視できないベッドと──座りこんだ傷だらけの吉田が見えた。
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