16人が本棚に入れています
本棚に追加
車内は無骨なメカニックといった感じで、これが車なのだということを感じられて好感が持てた。残念なのは最新式のカーナビが取り付けられていることか。ラジオが流れていたが、皇太がボリュームを絞ってゼロにしたので車内には車のエンジン音が聞こえるだけだった。静かな夜で、ウィンカーの音がやけに鮮明に聞こえた。どこへ行くの、と尋ねるべきだったろうが、そんな必要もないような気もした。
「寒い?」
「別に」
「俺の名前、わかる?」
「柏木皇太」
「なんだ、意外と名前とか覚えられる人?」
「あんまり覚えられないけど、君は目立ってたから」
はは、と皇太は笑って「君って、俺のことかよ」と前を向きながら何か嬉しそうに頭を揺らした。もちろん、車内には僕ら二人しかいないから、僕は彼のことを君と呼んだのだ。
「皇太でいいよ。そんなお前は長谷川中也、だろ。なんか、お前とは仲良くなれそうな気がする」
「ふうん」
よくわからないけれど、なんだかあまり話す気分になれなかったので、左頬を通り過ぎていく暗闇に僕は目を凝らした。視界がぼんやりすると、頭もぼんやりする。疲れていたのかもしれない。新しい土地での生活が始まって、特別に誰と話すわけでもなく、もう一週間が過ぎていた。一週間で十分だった。ここで自分がしなければならないことなどなさそうだった。これからどう生きていけばいいのだろう。
「あ」
「どうした?」
「財布持ってきてない」
そんなことか、と言いながら彼はブレーキを優しく踏んだ。僕ら以外誰もいない真っ暗な交差点で、赤信号は自分が何をしているのかわかっているのだろうか?
「煙草吸っていい?」
「いいけど、何歳なの?」
「そんなこと、どうだっていいだろ?」
「信号は?」
「たしかに、それもどうだっていいな」
そう言いながら彼はきちんと信号を守った。何かの願掛けなのかもしれない、と思いながら僕は彼が煙草に火をつけるのを見ていてた。いや、火をつけるために停まっただけかもしれない。暗闇の中で燃えるオレンジ色の先端は、車の一部のようにメカニカルな雰囲気があった。
最初のコメントを投稿しよう!