16人が本棚に入れています
本棚に追加
「何も聞かないの?」
「勝手に話し始めると思って」
やっぱりいいね、と笑って皇太は車を発進させた。まだ信号は赤のままだった。
「ならそうしようかな。これからみんなさ、生きて、年取って、死んでいくわけだけど、どう思う?」
「どうって?」
抽象的過ぎてよくわからないし、初対面で突然そんな話をしだすなんて、どうかしている。僕はハンドルを握る彼の手を見た。白く骨ばった綺麗な手だった。
「例えば、誰かと結婚して、子供ができて、孫までできて、それで、愛する人たちに囲まれて、ベッドで幸せに死ぬとしたら、最後にどう思う、とかさ。そんなことを想像すると、なんか、吐き気がするんだよな。それで、結局何だったんだって。もちろん、そうやって幸せに死ぬことができる人なんてそういないかもしれない。それがどれだけ恵まれたことかはわかるよ。けど、そんなありきたりな生を生きて、いったい何になったんだろうって思わない?」
僕はしばらく考えてみた。けれど、うまく想像できなかった。それは僕があまり自分のそういった最期を信じられないからだろう。つまり、何か意味が欲しいのだろうか。生きている理由が。子孫ではなく、自分の功績や実績を残したいということだろうか。
「そうじゃない。そうじゃなくて、もっとこう、なんだろう、終わりたくないというか。親になれば、子供のために生きないといけない。上に立てば、下のものに責任が生じる。なら、俺自身のことは?俺自身の人生はどこにある?」
「そんなもの、あるのかな」
「なら、これは誰の人生なんだ?」
「誰のものでもないんじゃない。……みたいな会話を、小説で読んだ」
「諦めればいいのか?中也も、そう思ってる?」
僕は、どう思っているのだろう。自分が何を思っているかなんて、自分にわかるはずがない。なら、誰がわかるのだろう。僕は、誰なんだ?
「死にたいの?」
皇太が急ブレーキを踏んだ。シートベルトに圧迫された胸部が苦しい。横を向くと、彼はまっすぐ前を見つめ続けていた。煙草の煙だけが動き続け、時間が流れていることを告げていた。
最初のコメントを投稿しよう!