オリエンテーション

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「比較?」 「いつ死ぬか決まってて、それまでどんな人生が、どんな幸福と苦痛があるかわかってたら、その総量を比べて、ああ今死んだ方がいいなって判断できるかもしれないけど、そんなものはわからないから。今死ぬのと、十年後死ぬのと、どっちがいいか比較できない」 「つまり、今ここにあるものだけじゃなくて、合計で見るべきだってことか。でも俺らには今しかない。未来なんてないし、過去なんて過ぎ去ったものだ。過去の幸福が今を救ってくれることもあるかもしれないけど、たいして役に立つとも思えない。今だけで決めるべきなんじゃないか?」 「そんな判断はできないよ。女の子にフラれた辛い死のう、受験に失敗した死のう、仕事で失敗した死のう」 「その方がわかりやすい」 「そんな安くない」 「なんでそう言い切れる?」  車のスピードが上がっていく。車通りはないけれど、少し怖い。彼は道を知っているかもしれないけれど、僕には先はまったく見えなかった。 「生きていれば、また恋ができるし、また受験して、失敗も取り返せるかもしれない。死んだら、そこで全て終わる。次はない。そんな切符は易々と切れない。一度きりの片道切符だ。どっちがよかったか比べられない」 「死ぬんだから、比べる必要もない」  それもそうだ。自分が決めれば、それでいい。けれど、周りは?自分の人生は自分にしか生きられないかもしれないけれど、人は独りで生きているわけではない。僕のようにうまく社会に溶け込めなくても、どれだけ独りを願おうとも、僕らは人の中で生きている。繋がりが、僕らの命を縛っている。いや、守っている。 「客観なんてどうでもいいかもしれない。けど、自分自身だって、主観だけで生きてるわけじゃない。思ってることがあっても、客観的な自分がそれを言わせないことって多い。僕は弱いから、できないことだらけだ。それで自分が嫌いになるけど、それは僕を守ってもいる。でもそれも、生きるためか。どうして、生きようとするんだろう」 「誰が、ここで生きてるんだ?これは誰のものだ?」
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