オリエンテーション

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 僕がそう言うと、二人は一瞬きょとんとした目をし、笑い出した。何がそんなに受けたのかわからないが、悪い気はしなかった。 「てか中也くん寒そう。皇太上着貸してあげなよ」 「そしたら俺が寒いだろ」 「そんなのどうでもいいじゃん。あ、中也くんこの橋渡ってるときは振り返っちゃダメなんだよ、お化け憑くから」 「え、まじ?」 「あー皇太今振り向いたね、あーあ取り憑かれたわ確実に」 「やめろよ」  本気で嫌がって前だけ向いてさっさと渡ってしまおうとする皇太を見て、僕たちは目を合わせて笑った。福井に来てから誰かと笑いあったのは初めてだった。橋の下には尖った岩がたくさんあって、荒々しく波が打ち付けていた。 「ここはね、東尋坊で自殺した人の体が流れ着く場所らしいよ」 「え」  下を見ていた僕は思わず顔を引っ込めた。優香はそんな僕を見て嬉しそうに手を叩いて笑った。 「なに、中也くんも皇太並みのビビリ?手繋いであげよっか?」 「お願いしようかな」  珍しくふざけてみたら、彼女が本当に僕の手を取ったので、少し寒いのに汗が滲みそうで心配になった。優香の手は暖かく、小さかった。 「なんだよお前ら俺も混ぜろ」 「えー嫉妬?」  橋を渡りきると振り返ることができるようになった皇太が駆け寄ってきて僕のもう一方の手をとった。 「そっちかよ」  というわけで僕は右手に皇太、左手に優香を携えて雄島の暗闇を見つめていた。 「いや、思ったより暗いね」 「足元、気を付けてね。何にも見えないけど。皇太電灯持ってこなかったの?」 「ねえな、帰るか」 「なわけ」  自分で連れてきておいて怖気付いた皇太を引き連れて僕らは笑いながらその暗闇に入っていった。足元の石段すらおぼつかない視界の中、波が岩に打ち付ける音と草木が揺れる音が続く。そして僕らの足音がやけにはっきり聞こえた。 「ねえ、足音多くない?」 「変なこと言うなって!」  優香の軽やかな笑い声が響いた。皇太が何かにぶつかり叫び声を上げる。「枝だって」と僕が引っ張ってあげないと動けなくなりそうなほどビビりながらも僕の手は強く握っていた。なんだろう、これは。普通に楽しい。普通の大学生みたいだ、と思いながら、自分が普通の大学生であることに気づいた。僕は何をひねくれていたんだろう。こうしていればいいはずなのに、何を毛嫌いしていたのだろう。
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