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駅前のカフェ
僕は駅近くのビル二階に入っている喫茶店で人を待っていた。目の前のガラス越しに駅から出てくる人が見え、制服姿の男女が寄り添って歩くのやスーツ姿の男性が時計を気にしながら足早に歩いて行くのをぼんやり眺めていた。窓の左側には駅から道を挟んだ向こう側にビルがあり、側面にある大型ビジョンが地元企業のコマーシャルを流していた。とん、と右肩を叩かれて振り返ると、反対側から有村優香が「よ!」と顔を突き出して右手を上げていた。僕は彼女の短いスカートを見ないように顔を上げた。
「ごめん、待った?」
「んー、ちょうどいいくらい」
優香は「疲れたー」と言いながら椅子に倒れこむように座って足を組んだ。だから僕は視線をテーブルの上のメニューに集中させる。
「何頼んだの?」
「フリーティーってやつにした。なんかいろんな紅茶選んで出してくれるんだって」
「へー、いいね、私もそれにしよっかな。あー、パフェめっちゃ美味しそうじゃん!」
身を乗り出してメニューに見入る彼女はいつも通り目まぐるしくて、僕はほんのちょっと笑った。
「なに?うるさいって?」
「いや、いつも元気だなあって」
「なに年寄りみたいなこと言ってるの、同い年でしょ?あれ、中也くんって留年してたっけ」
「いや、同い年だよ」
「だよね。なんか落ち着いてるからさー。皇太なんて今日も合コンだって!それしか頭にないのかっつーの」
メニューを捲りながら優香がまくし立てる。僕はそんな彼女のよく動く赤い唇を見つめていた。
「あれ、いいの?」
「何が?」
手を止めて射抜くような視線が僕の目を捉える。綺麗な目だ、と思って吐息が漏れた。永遠みたいな一瞬。心臓がとくんと波打つ。僕の唇は震えるが、何の音も紡ぎ出せなかった。優香の真顔がゆっくりと崩れ、いたずらっ子のような笑みが浮かぶ。僕は何故か「しまった」と感じた。
「中也くん、私たちが付き合ってると思ってたでしょ」
「あ、うん。違うの?」
「違うよー。あんな女ったらしダメダメ。私はね、一途な人が好きなの」
そこで彼女がとびっきりの笑顔をするので、僕はなんとなくドギマギしてまたメニューに逃げる。
「何頼むか決まった?」
あはは、と何故か笑って優香もメニューに目を戻した。なんだか室温が上昇したような気がする。紅茶をもう二杯も飲んでいるからだろうか。
「んー、じゃあ私も一緒のにしよっかな」
「最初の一杯は選べるんだって」
「えー、多すぎて決められない!あ、誕生日ティーだって、これにしよ」
「めっちゃ早いじゃん決めんの」
僕らが笑いあっているとちょうど店員さんがやってきて笑顔でオーダーを訊いてくれた。それから優香はいつの間に選んでいたのか抹茶パフェも頼んだ。
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