夏休み

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 それから数時間後、大野市に入る頃には朝日が昇り始め、空が青紫色に染まっていた。その景色は息をのむほど美しく、横を走る皇太もポカンと口を開けて見惚れていた。僕らは意味もなく小づきあい、笑いながら立ち漕ぎで前へと進み続けた。  しかしそんな元気も長い長い大野市の端、岐阜へと続く坂道を目の前にするとどこかへ吹き飛んでしまった。 「帰る?」 「……いや、ここまで来たんだし、進むしか」 「つってもまだ福井出てないんだけどな」 「こっからが本番ってわけね。の、望むところだ」  しかし、早朝には美しい顔を見せていた空は、いつの間にか薄暗い曇天に変わっていた。 「あの、雨降りそうなんですけど」 「……コンビニでカッパ買っとこう」 「やっぱり、進むんだね」 「ああ」 「正直、進みたい?」 「……それは、もう関係ないんだよ。やるしかない。負けられない戦いがここにある」 「それいつも思ってたけどさ、なんか大げさに言ってるけど、他のチームだってそうだし、毎試合そうでしょ」 「雰囲気を大事にしようぜ。だから中也は童貞なんだよ」 「今それ関係なくね?殴るよ?」  ポンチョ型の透明なカッパを着込んだ僕らはお互いの間抜けな姿を笑い合いながら曇り空の下坂へ向けて走り出した、のだが、お互い数キロも行かないうちに完全に後悔し始めていた。 「……トラック怖くね?」 「滑ったら死ねるよね」  案の定降り出した小雨に濡れた白線は磨り減ったタイヤを滑らせた。トンネルの中で背後から迫るトラックの音は反響してとても巨大なものに感じた。トンネルの出口で素晴らしいタイミングで風に吹かれ垂れ下がってきた蔦に皇太が悲鳴を上げる。こんなにしんどい思いをする理由は見当たらなかったが、二人なら何故か無敵なような気がしていた。そうは言っても、坂道を登るママチャリはちょっとした風で全く進まなくなる。むしろ押して歩いた方が早いくらいだったが、皇太が頑なに降りることを承諾しなかったので、僕らは無駄な労力を賭してペダルを漕ぎ続けた。いつの間にか二人とも無言だった。話す力さえ惜しかったのだろう。
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