夏休み

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「そうだったんだ。どんな話が書きたいの?」  誰にも言うなよ、と前置きして、皇太は僕の隣から正面へ移動した。 「たぶん、永遠に憧れてるんだと思う。ディズニー映画に出てくるみたいな、真実の愛とかさ。そんな、心の底から信じ切れるものが欲しいんだろうな。うちの親父には、そんなこと言ったら軽蔑されるだろうけど。俺、弟がいるんだよ。腹違いの。帝斗って名前。笑えるだろ?腹違いの兄弟で、名前が皇帝になってるんだぜ。適当だよな。でも帝斗は、いい子だよ。自閉症だけど、本物の才能を持ってる。あいつは絵を描くんだ。それが、なんていったらいいのかわかんないけど、すげー綺麗なんだよ。幻想的っていうか。一目見れば引き込まれる。というか、引きずり込まれるんだよな。そんな力があいつの絵にはある。俺は、頭もそんなに悪くないし、自分で言うのもなんだが見た目も悪くない。人を使うのだって上手い自信があるし、親父の後を継ぐ能力はあると思う。けどさ、結局、普通の人間の枠からは出られないんだよ。何も特別じゃない。身一つで世界に示せる才能なんてないんだ。帝斗を見てると、そんな自分のちっぽけさが嫌になる。自分なんて何の価値もない人間だって思えてしまう」  出会ってからまだ半年も経っていないが、あれだけ皇太と過ごしてきた僕にとって、どれも初めて聞く話だった。皇太が自分のことをそんな風に思っていたなんて知らなかった。いつも自信満々で、自分勝手で、それなのに誰より周りが見えている、如才ない皇太の皮の下には、そんな脆い人間がいたなんて。気がつかなかった。 「そんな顔するなよ。俺なんてその程度の人間なんだ」 「おまえがその程度なら、僕はどうなるんだよ」 「中也は、優しいやつだよ。俺はお前が好きだ」 「ええ、待てよ、風呂でそんな告白するなよ」  皇太は笑ってまた僕の横に移動した。 「そういう意味じゃねえよ、何ビビってんだよ傷つくわ」 「何優しげな顔してんだよ怖いって」 「俺、中也がモデルの小説書いたんだ、最近」 「……どんな話?」
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