夏休み

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 怒るなよ?と上目遣いでこっちを見るから、僕はその端正な顔に思わずドキッとした。 「主人公は、自分が大嫌いで、いつも自己嫌悪の言葉を心の中で繰り返してる。優しすぎて何もかもが自分のせいだと思ってしまうんだ。テレビで震災のニュースを見れば、どうして自分ではなく一生懸命生きている人たちが死ななければいけないんだって、数日は思い悩んで何も手につかなくなる。そして、そんなことを思ってしまう自分のことを、偽善的なナルシストだと思ってまた嫌悪する。何も選ぶことができなくて何者にもなれない自分を貶めている。それでもどうにか何かを変えたいと思っているけど、何をどうすればいいのかわからない。そして自己嫌悪で気持ち悪くなると、想像のナイフで自分の心臓を刺すことに癒しを求める」 「ちょっと、僕のことそんな風に思ってたの?まあ、そんなに否定もできないけど」 「物語的誇張だよ、気にすんな。それから、主人公はどんどん頭の中のナイフに依存していくんだ。そしてある日、ナイフを持った子供の頃の自分に追われる夢を見る。その日から、自分を守るために頭の中のナイフではなくて、本物のナイフを手に入れなくてはという考えに囚われる」  そこで皇太は言葉を切った。僕はしばらく待ってから、それからどうなるの、と尋ねた。 「そこからは、あんまり気に入ってないんだ」 「いいから聞かせろよ気になるじゃん。てか読ませてよ今度」 「いつかな。気が向いたら」 「そんな暗い話に勝手に使っといて読ませないはないって」 「うるさいな、俺が小説家になるまで楽しみに待ってろよ」 「著作権の侵害だ」 「別に中也の名前使ってねえし」 「僕がモデルだって言ったじゃん」 「録音しましたか?」 「ふざけんな」  小学生みたいに湯船に沈め合いが始まり、しかしお互い思っていたより体がへろへろで、息の上がった顔を突き合わして、なんだか笑えてきた。体を拭いて濡れた服を嫌そうに着る皇太を見ながら、小説家か、と僕は心の中で呟いた。皇太の中には輝く夢があり、それに向けて動いてもいる。僕は、いったいどこへ行きたいのだろう。彼と肩を並べ続けるには、どうすればいいのだろう。疲れのせいか、のぼせたせいか、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われ、そんな弱くて何もできない自分が皇太にバレないように椅子に腰掛けて頭を拭いた。
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