夏休み

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 痙攣する手足で懸命にハンドルを握り、岐阜に出る急で長く曲がりくねった坂道を下り切った僕らは、道の駅のベンチで雨に打たれながら半分死んでいた。通りすがりのおばさんが心配して暖かいココアを買ってきてくれたのだが、記憶が曖昧できちんとお礼を言えたのかすら怪しい。それから近くの旅館を教えてもらい、濡れた衣服をコインランドリーで洗っている間に一度完全に意識が飛んだ。そして気がつけば旅館の布団で眠っていた。質素な朝ごはんを半分眠ったまま食べ終わる頃には昼前になっていて、まずはびしょ濡れの靴をコインランドリーの靴乾燥機で乾かした。そんな丁度いい機械があるなんて初めて知った。そうやって装備を整えたあと、ようやく僕らは気がつくことになる。お尻が痛い。とてつもなく痛い。とても自転車に跨ることができるコンディションではない。お互いの顔を見て、これ以上進むことが不可能であることを確信した。 「いやあ、冨山さんすみませんこんなところまで」 「構いませんよ。それにしてもあんな自転車でよくこの山を越えましたね、若いなあ」 「いや、死ぬかと思いましたよ。最後のこの坂とか、手が滑って転んだりしてたらね。あれ五十キロくらい出てたんじゃない?」 「あれほんと命がけだった。握力無くなりかけてたし、雨で滑るし、ブレーキ効かないし、横崖だし、意識飛びかけてたし」 「アホだったねほんとに」  皇太の会社の人の迎えで僕らは福井県に帰った。あれだけ眠ったのに車中でも気がつくと意識がなくなっていた。どうして知っていたのか、冨山さんは僕のアパートの前で車を止めて起こしてくれた。涎を垂らして眠りこけている皇太を寝ぼけ眼で一目見てから僕はお礼を言って車を降りた。アパートの階段が長く感じた。そして敷きっぱなしの布団に倒れこむと、もう一度闇の中へ落ちていった。
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