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破綻
大学生活はあっという間に過ぎ去ってしまい、僕らは無事進級して卒業論文着手に必要な単位もあらかた取り終わっていた。あとは通年の実験発表を無事終えれば、研究室配属と就職活動が待っている。インターンで行きたい企業も決まっていたが、自分がそうやって普通の社会人になっていくことに実感は未だ持てていなかった。
皇太と食堂で昼飯を食べながら実験レポートを作っていた時、彼女はやってきた。近づいてきた途端、その女は皇太の頬を思い切りよくビンタした。
「え、何、誰?」
「さいってー!」
左頬を抑える皇太にそれだけ吐き捨てると、目を丸くする僕には見向きもせず踵を返してどこかへ行ってしまった。
「おまえまたなんかしたの」
「知らね」
「いや知らねじゃないっしょ。大丈夫か?」
「ああ。まあ気にすんな、よくあることだ」
「よくあってたまるかよ。今の子教育学部の子でしょ、優香ちゃんの後輩じゃなかったっけ」
「知らね。それよりここのデータ見せてよ、俺メモ取り忘れてた」
「なあ、最近お前変だぞ。僕んちにもあんまこないし、なにしてんだよ」
「うるっせえな!」
食堂が一瞬、しんと静まり返った。皇太は大声を上げた自分に驚いたように目を見開き、黙ったままの僕を見た。
「ごめん、ちょっと寝不足でさ。それよりデータ見せてよ、昼休み終わったら提出なんだからさ」
無理な作り笑いを浮かべる皇太が痛々しかった。そんな姿を僕に見せる彼ではなかった。この頃の彼はどこかよそよそしいような気がしていたが、それは気のせいではなかったのかもしれない。僕は無言でレポートを皇太の方へ押した。彼は「さんきゅ」と言って僕の視線を逃れるようにレポートに取り掛かった。どうしてだろう。どうして何も言ってくれないのだろう。僕が、何もできないからか。
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