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電車が大きく揺れ、僕らは思わず抱き合った。一瞬時が止まったように、僕はそのまま動きたくなくなってしまった。ハッとなって離れるまで、どれくらいの時間が経ったのかわからない。
「ごめん」
「いいよ」
上目遣いの優香と目が合い、思わず笑い合う。好きだ、と思った。その時にはもう、僕は彼女に口づけしていた。
唇が離れ、僕らはお互いの目を見つめあった。言葉は必要なかった。僕らはお互いの目の中に刻まれているものを、お互いに理解しあったのだった。
電車が駅に着き、生ぬるい夜風の中に、僕らは手を繋いでしばらくぼんやり立っていた。明るい月が静かに佇む、芝居掛かった夜だった。雲が流れ、月明かりを隠した時、優香が「もうちょっと一緒にいたいな」と呟いた。
「なんて、ありきたりなセリフは幻滅?」
「いや、僕もそう言おうと思ってたところ」
「シンクロだ」
「仲良しだね」
顔を見合わせ笑いあって、二人で僕の家へ向かった。皇太の顔が頭をよぎるが、今だけはこの瞬間に浸ってもいいだろうと、僕は優香の手をぎゅっと握りなおした。そして、次の日の朝、皇太が死んだ。
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