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そして僕は今、バスに揺られカラマツの森をぼんやり眺めていた。心には何も浮かばなかった。これからどうするのか、どうすればいいのか、どうしたいのか、何もわからなかった。ただ逃げ出して、ぼんやり時間をやり過ごしているだけ。雪上車に乗り換えて、スキー場の向こうまで運ばれ、気がつくと旅館の中の屋根裏部屋のような個室で、シーツのしかれていない布団に横たわって天井を見上げていた。何時に夕飯だって言ってたっけ。今でも毎日お腹が減るのは笑える話だ。少し眠って、ノックの音に起こされた。
「長谷川くん、ご飯食べないと下げられるよ?」
「あ、わかりました。ありがとうございます」
機械的に食事をして、ぼんやりと明日の説明を受けた。制服と布団のシーツを持って部屋に帰ると、やることもなく、また眠った。夜中の二時ごろに目が覚めて、僕は何かに呼ばれるように外へ向かった。玄関を出ると、オレンジ色のランプの光が揺れていた。山奥だが、今日はそんなに澄んだ星空じゃなかった。薄い靄のような雲が星空をぼんやりと薄めていた。雪の中へ踏み出して、旅館の真上に上る半月を見上げた。月光は丸いベールを空に広げ、冷たく僕を見下ろしていた。眩しいほどの月明かりは、しかし僕には降り注いで来ないようだった。美しかった。僕は意味もなく、涙がこみ上げてきそうになった。月から目をそらし、煙草に火をつけた。無心で一本吸い終わり、もう一本取り出そうとした指先が、寒さに悴んだのか、それを取り落とした。
拾おうとした視界の端に、狐の姿を見た。空中で行き場を無くした手を、ゆっくりとコートのポケットに戻した。「探し物は何だろう?」と狐が尋ねた。
「わからない。たぶん、どうしてみんな平気な顔をして生きているのか、知りたいんだと思う」
「死にたいの?」
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