それから

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「死にたいわけじゃない。けれど、わからないんだ。例えば、ある銀行員の男がいるとする。彼は妻子持ちで、上の子がもうすぐ中学受験だ。そのために自分は頑張って働かなければならない。でも、本当にそうなのだろうか。息子にしたって、遊びたいはずなのに、友達との約束を断って塾へ行っている。それは本当に彼の意志なのか、それとも親の願望のためでしかないのだろうか。私立中学へ進むのだって、どうしてそうしなければならないのか、親も、子供も、本当にわかっているのだろうか。子供の将来のため。それが、なんだっていうのだろう。子供の幸せを願うのは親なら当たり前だ。でも、それはどうしてだろう。男はそんなことを考え始めてしまう。妻子のことは愛している。けれど、それはどうしてだ?幸せになりたい。けれど、どうしてだ?明日も同じように生き続ける。どうして?彼にもやりたいことはあった。彼は昔から小説を書きたいと願っていた。けれどそんな願望は心の奥の箱にしまい、仕事に行き、帰れば家族と夕飯を食べ、テレビを見て、それから、子供達と一緒に眠る。次の日起きれば、またその繰り返し。そして、それだけで満足していた。十分に幸せだった。行きたい場所があっても、妻や子供の意見を優先した。久しぶりに本を読み、夢中になっているところで子供に遊ぼうと誘われれば、喜んで従った。これは誰の人生なのだ?そして、そんな疑問を持ってしまう自分を強く恥じ、嫌悪した。どうして?」 「人生は、他人のものだって?」 「さあ、わからない。そうかもしれない。そしてそれを本人さえ望んでいるのかもしれない。独りの人間なんてものは存在できないのかも。けれど、僕らは個人の意識というものを持っていると信じている。頭の中は他人にはわからない。自分だけのものだ。誰もが心の奥底に、自分だけの箱を抱えて生きている。自分はどうして生きているんだろう。そんなことよりも大切なものが、目の前にはたくさんあった。けれど、本当にそうだろうか。どうして生きているのか、それは大して重要なことではないと、言い切れるのだろうか」 「だから君は、他人を愛せないと言うのかい?心の奥の箱、その中にあるものを取り出すために」
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