オリエンテーション

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 知能システム工学科の新入生を乗せたバスはどんよりとした雲の下、同じくらいどんよりとした薄汚いホテルの前に止まった。若い同期たちはみんな「ここかよ」といった表情をしていたが、僕はその雰囲気がそれなりに気に入った。この寂れた町と空によく似合っている。バスを降りると、冷たい風が首元に侵入し、僕はコートの襟元を握った。先ほどまで隣の座席で自分のことを話し続けていた男は、もう他の学生とまぎれてどこにいるのかわからなくなった。確か、北海道から来たとか言っていたような気がするから、これくらいの寒さはどうってことないのだろう。  雑魚寝の和室に荷物を置くと、学生たちは大きめの円卓がいくつか置かれた広間に集められ、そこで学科長の教授からスケジュールの説明を受けた。教授はこのようなレクリエーションを無駄と考えているのか、やる気のなさが滲み出した話し方で、その目はずっと面倒臭そうに右斜め下にある花瓶を見つめていた。それもそうだ。彼は教師ではなく、教授であり、研究を生きがいとする人間なのだから、若く頭の鈍い集団の相手などをしても何も得られるものはないだろう。彼の態度は、その後の講義でも変わることがなかったので、そういった考えの持ち主なのだと思える。教授の中にも、若者を教え導くことが好きな人はいた。しかしそれが何故なのかは僕にはよくわからなかった。後進の育成に力を入れるというのは正しいのかもしれない。しかし、自分でやった方が早いことをわざわざ教え、しかも不用意に信用しなければならないのだから、大変な仕事だと思う。大学が研究機関ではなく教育機関であるというのは、彼らにとって大きな足かせであろう。お金を稼がなければならないということは実に面倒なことだ。  一度部屋に戻り、夕食まで少し時間があったので、その間は学生同士の交流の機会となった。ただ、僕以外の生徒は入学式前にあった自由参加のレクリエーションにも行っていたらしく、もうすでに多くが顔見知りでグループもいくつか出来ていた。僕は荷物の隣の壁にもたれかかり、そんな彼らの様子をぼんやり眺めていた。やがて僕にも声をかけようとする生徒がいて、どこから来たといったようなどうでもいい話をしばらくしたが、ますます頭がぼんやりしていくのを感じ、誰の名前も覚えることができなかった。昔はこんな風ではなかったはずだ。僕もそうやって集団の中で楽しく笑っていたような気がする。しかしいつからだろうか、世界の輪郭がぼんやりとし、何もかもが他人事のように思え、ベールの向こう側を見ているような距離を感じてしまうようになった。だから曖昧に笑うことしかできず、いずれ人は僕から離れていった。自分はここで一体何をしているのだろう。楽しそうに騒ぐ同期を見ながら、場違いを晒しあげられているような恥辱が胸にこみ上げてくるのであった。
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