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沙良は、何を言えばいいのかわからなかった。考えた末、沙良はおもむろに自分の左の袖をまくりあげた。
沙良は、どんなに暑い日でも、薄手ではあるがいつも長袖の上着を羽織っていた。
まくりあげた袖の下、沙良の腕には、青黒い、痛々しいあざが何箇所もあった。
次に言葉が出なくなったのは、杏莉だった。
「お父さんに、虐待、されてたの。お母さんには、もっとひどい傷が残ってる。……おじいちゃん達が、助けてくれたけど、最近、お母さん、こっそりお父さんに連絡取ってるみたいで、それで……家に、帰りたくなくて……」
沙良は、途切れ途切れに話していたが、そこで言葉に詰まった。沙良の両親は、共依存の状態だったのだ。
俯いた沙良を、杏莉はそっと抱きしめた。
「私さ、沙良に初めて会ったとき、なんとなくこの子とは仲良くなれそうだなーって思ったんだ。根拠も何も無かったんだけど」
性格は正反対。でも、二人とも重い過去を背負っていた。
「全部しょうがないことじゃん、親のことなんて。前向いて生きるしかないんだよ、私たちは」
沙良は、父親への恐怖心から抜け出せなかった。しかし、杏莉の言葉で、沙良はもう少し前を向いて生きてみようと思った。
そして杏莉も、今まで誰にも言えずにいたことを沙良と共有することで、自分は独りじゃないと思うことができた。
お互いの過去を知った二人は、より親密になった。もしかしたら、ただの傷のなめ合いだったのかもしれない。でも、確かに絆はあった。
しかし、二人の平穏な日々は長くは続かなかった。
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