序章

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【富士山麓の広場で、映画の撮影を見る】  広場には20名ほどの集団がいて、皆が同じ格好をしている。グレーのダブついた作業着のようだけど、上着は顔まで覆って目の部分だけが出ている。男か女か分からない。まるで忍者だ。  ただし、足は長めのブーツを履いて、手には湾曲した赤く輝く剣と金属の盾を持っている。忍者というよりは、SFかファンタジー映画に出てきそうな戦闘員という感じだな。  その集団は、一人の少女と相対していた。遠目なのでハッキリしないけど外国人に見える。動きやすそうな緑色の上下を着て、短い革靴をはいている。髪は短めのポニーテールだ。戦闘員の一人と、何か激しく言い争いをしているようだ。何を言っているかは全く分からない。  これは……映画か何かの撮影かな?  外国人の少女に大勢の戦闘員。普通の光景ではない。たぶん、何かの外国映画の日本ロケじゃないだろうか。どこかに撮影クルーが大勢いて、隠れて撮影しているんだろうな。さっきの大きな爆発も、たぶん撮影のためなんだろう。そう考えれば、少し安心できる。  冷静になってよく見ると、少女の後ろには大きな緑色の影があった。高さは2~3メートルぐらいだろうか。少女の背丈くらいはある。緑色なので、周りの樹々の保護色になっていて、すぐには気がつかなかった。 「なんだ、あれは?」  撮影の邪魔にならないように小声でつぶやく。巨大な犬が伏せしているようなポーズのまま動かない。目を閉じて長めの首からアゴまで地面にペタッとひっついている。頭頂部には角。体の半分くらいが広場に出ていて、後の半分は森の中に隠れている。緑色の前足には大きな白い爪が生えている。体長は半分しか見えないけど、たぶん10メートルぐらいはありそうだ。犬とは違って毛ではなく緑色の鱗で覆われている。まるで巨大なトカゲのようだ。子供の頃に見た恐竜ロボットに近いな。 「巨大な緑色の恐竜ロボット……かな?」  近くの地面に大きな穴があいていて、前足の片方が穴にはまっている。その足には赤黒い血のりがベットリ付いていた。たぶん、あの大爆発でできた穴……という設定なんだろう。  これはかなり本格的な撮影だ!  あんなに大きなロボットじゃ運ぶだけでも大変なはず。制作費は億単位だろう。ひょっとしたら、俺の大好きな恐竜映画、ジュラシック○ークの最新作かも!?  日本の富士山の麓で大掛かりなロケを行うなんて話、聞いたことがない。ひょっとしたら、これは秘密のロケだったりして。有名な俳優さんに会えたりするかも!?  いつでも助けてもらえそうだし、せっかくなので少し撮影の様子を見せてもらう事にした。 「邪魔にならないように、コッソリとね!」  小さな声でつぶやいた。  しばらくの間、静かにのぞいていた。相変わらず少女と戦闘員の一人が言い争うシーンが続いている。しばらくすると、恐竜ロボットの目が動いて、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。 「おー! コレはリアル!」  つい興奮して小声がもれた。  映画の中のコンピュータグラフィックスで作られた恐竜のようだ。爬虫類の瞳に似ているけど、色は黒ではなく体色と同じく緑だった。大きなガラス玉のようなものを使っているんだろう。なかなか良い仕事をしている。さらにゆっくりと大きな口が開いた。口の中には尖った大きな牙が並んでいる。口の中は赤色だけど、大きな舌の色は緑だ。  恐竜ロボットの前に立っていた少女は、ゆっくりと横に並ぶ位置に動いた。同時に忍者のような戦闘員たちは体の前に手に持っていた盾を構えた。  グォーーーン!!  恐竜ロボットの口から、大きな鳴き声が出た! なんだか「痛ってーな!このヤロー!」って聞こえたように感じた(笑)  盾を構えている戦闘員の最前列の何人かは、鳴き声に押されたようにフラついて後列の戦闘員に支えられた。 「う~ん。これは凄い!」  映画ジュラシック○ークのラストで聞いたTレックスの咆哮のようだ。カッコイイ! 戦闘員の皆さんも演技が上手いね。グッジョブ!  さらに驚いたことに、恐竜ロボットの頭と首が少し浮き上がった! 怪我をしてない方の前足も少し動いた。  恐竜ロボットの上には何もない。つまり、ケーブルを使って吊り上げているわけではない。何らかの機械で押し上げているんだろう。  そうか! だから体半分だけが森の中から広場に出ているのか。森の中には大きな機械が隠れているはず。映画って上手く作るんだな~。素晴らしい!  そして、恐竜ロボットの体が再びゆっくりと地面に落ちた。上手く機械を操作しているようだ。同時に目も口も閉じて動かなくなった。怪我をして弱っている……という設定なんだろう。これは、本当によくできてる!  これからの撮影がどうなるのか、もっともっと見たい!  俺のオタク心が止まらなくなった。もう少しだけ近くで見ようと、少し先の木の陰に移動しようとした。  パキッ。 「ゲッ!」  足下の腐った枝を踏んでしまった。いかん!  戦闘員の一人に気づかれた! 戦闘員の何人かがこちらを振り向く。そして、戦闘員同士、何語か分からない言葉で2~3語話した。  あーあ。勝手に撮影を覗いたから怒られるんだろうなぁ……と思っていたら、戦闘員の一人がこちらに体を向けた。  ヒュッ。  手に持っている赤い剣を俺に向けて、ゆっくりと振った。すると、コッチに赤いブーメランのような光の塊が向かってきた。スピードは遅い。 「なんだコレ?」  思わずつぶやく。ゆっくりと向かってくる。まるで風船が飛ぶようにフワフワと動いてくる。  俺に攻撃?  立体ホログラム?  撮影に参加させてくれるのか?  避けていいのか?  なんでこんなに遅いの?  様々な疑問が浮かんだ。  迷っているうちに赤い光は体を通り抜けた。レーザー光を使った立体ホログラムなんだ! こんな映画撮影技術が存在するなんて、CGじゃないんだ。 「最近の映画ってスゲー!」  と、つぶやいた瞬間だった。  ドーン!  俺の背後で爆発が起きた! 爆風が俺に吹き付けて、爆発で吹き飛んで来た小石が身体中に当たる。 「痛テテテ」  あー驚いた!  音は大きかったけど、そんなに強い爆発じゃなかったようだ。まだ耳の中が少し痛いくらいかな。撮影をちょっと覗いただけなのにな。 「爆発で追い払おうなんてヒドイ! 下手したら大怪我だろ! 何すんだよ! 危ねーだろ!」  俺に剣を振った戦闘員に向かって叫んだ。言葉は通じなくても、怒っていることは伝わっただろう。俺の怒りが伝わったのか、なぜか戦闘員は少し後ずさって背後の戦闘員に支えられた。目しか見えないので表情がはっきりしないけど、なんか驚いているようだ。  あれ?  でも、なんで俺に対して演技してるんだろ?  ひょっとして、まだ撮影は続いているのかな?  監督さんや撮影クルーはどこに隠れているんだろ?  戦闘員たちと相対していた少女も俺を見ている。同じく少し驚いた表情だ。戦闘員の人たちも混乱しているようだ。  すると、恐竜ロボットが再び動いた。頭がスッと持ち上がって首の部分も滑らかに曲がって俺の方に顔を向けた。ものすごくスムーズな動きだ。緑色の瞳が俺を見つめる。うん? なんか違和感を感じるな。  ゆっくりと恐竜ロボットの口が開くと、再び吠えた!  グォーン。 「オイ、そこのお前、コッチに来い!」  大きな咆哮と同時に言葉が聞こえた。これは日本語だ! どこかに日本人がいて、撮影状況を確認しながらマイクを使って連絡してくれたんだろう。どこにスピーカーがあるんだ? 「コッチってどっちなんだ?」  戦闘員たちは2度目の咆哮に対して、盾を構えながら後ずさりを始めた。かなり混乱しているようだ。そして、戦闘員たちのリーダーと思われる役が剣をササっと振ると、戦闘員たち全員が整然と反対の森の中に消えていった。  戦いのシーンは終わったようだ。
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