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序章
【竜崎翼、大学3年生の夏休み。富士山から転落する】
「ごめん、ちょっとトイレ。先に行ってて。すぐに追いつくから」
「オッケー。ゆっくり登ってるから。後から追っかけてきて」
俺の名前は竜崎翼。W大学の3年生。今、富士山の5合目にいる。
所属しているテニスサークルの仲間たちと富士山に登ろうということになって、朝早くから準備して都内に集合。電車を乗り継いで富士山の麓まで。夏休み中でマイカー規制があるため、麓からバスに乗って5合目まで来た。
富士山に登るのは初めての経験だ。俺はもう大学3年生だから、年末ぐらいから就職活動するか大学院に進学するか迷っている。他のサークルの仲間たちも同じ状況だ。仲間たちと色々と話しているうちに、もし就活するなら何かネタがあった方が良いのではないかという事になり、急遽、ここまで来たという訳だ。
何も調べてこなかったから知らなかったんだけど、富士山の5合目は意外にも賑やかだ。人は多いし、お店もある。ちゃんとした登山の格好をしている人の方が多いけど、普段着に近い格好で来ている人もいる。とても良い天気で日差しがとても強い。真夏なのに風は冷たい。経験してみないと分からないことばかりだ。来て良かったな。
しっかりしたトイレもあったから、山頂を目指す前に入りたくなった。他の仲間たちは頂上を目指して先に行ってしまった。さっさとトイレを済ませて、みんなに追いつかなきゃな。
トイレを済ませてすぐに、仲間を追いかけるように登った。5合目から6合目へ向かう部分はゆるやかな坂道になっていて、それほどきつくはない。細かい砂利道のようなところもあって滑りやすいけど、気をつけて急げば大丈夫だろう。
急いで登って6合目まで到着! それにしても、みんな、どこまで先に行ってしまったんだろう。何かおかしい。頑張って登っているのに、なかなか追いつけずにいる。ふと気がつくと、周囲に誰もいなくなっていた。
「おっかしいなぁ。富士山で迷子になっちゃったのかなぁ。頂上までは一本道のはずなんだけど……」
独り言をつぶやきながら、周囲を見渡した。
「あれっ?」
登山道から少し離れた先の岩の向こう。明るく金色に輝いている。何かあるんだろうか? 気になる。ちょっと覗いてみるか。
岩の向こうを覗いた瞬間、ズルッと足を滑らせて、俺は崖を滑り落ちた。
ズサッ、ザザザザ、バンッ。
ブワン、ザッ。
ヒュ~、ドンッ!
……。
「グッ……い、痛ってぇ~!」
うつ伏せになった状態から、なんとか立ち上がることができた。大きな怪我はないようだけど、体中が痛い!
「うわっ、汚ったねー! 服が泥だらけだ……」
泥だけでなく、体の所々に小さな枝や葉っぱが引っ付いている。かなり高い所から落ちた感じだったな。何度も何度も転がり落ちたはずだ。なのに無事なのは、単なる幸運か、それとも普段からテニスで体を鍛えているからか?
なんにせよ、助かって良かった。
顔はドロだらけだけど、口の中は問題なさそうだ。周りを見ると薄暗くて深い森。見上げると、大きな木の枝が折れて垂れ下がっている。
「あの枝のおかげなのかな?」
転がり落ちる途中で、何かの上で跳ね上がってから地面に打ち付けられた事を思い出した。一緒に富士山に登っていたテニスサークルの仲間たちからはぐれて焦っていたのが、足を滑らせた原因だろう。
「崖から落ちるなんて情けねー! でも、登山道の近くに、あんなに急な崖があるなんて聞いてないよ!」
恥ずかしくて大きな声を出してしまった。それに……あの金色に輝く光は何だったんだろう? 思わず見とれてしまったのも、登山道を踏み外した失敗の原因だと思う。
「それにしても……ここ……どこだ?」
周りを見回した。薄暗くて深い森。湿った落ち葉が重なる地面。苔むした岩。静かでジメジメしている。なんか嫌な感じだ。
「まさか、青木ケ原樹海まで転落したんだろうか?」
……って、んなわけないか。自分でつぶやいて、自分でツッコんでしまった。富士山の中腹から麓まで一気に1000メートル以上も転落するはずがないし、そんなに長く転落して助かるはずもない。でも、富士山の地理には詳しくないけど、こんな森あったっけ?
……ま、色々考えるより行動だ。サークルの仲間達が心配しているはず。
「登山道まで何とか戻ろう!」
つぶやきながら見上げると、樹々の隙間から大きな富士山が見えた。
「やっぱ富士山は高い……って、あれ?」
富士山の中腹から転落したはずなのに、ここから見える富士山は距離が少し遠いような気がする。どうなってるんだ? どうやってここまで転がり落ちて来たんだろう? こんなに転がり落ちた感じじゃなかったのに。
「……ワープでもしたのか?」
つぶやいてすぐに、少し恥ずかしくなった。SF小説じゃあるまいし。んな事は、あり得ない! 俺は表向きはテニス好き好青年を装っているけど、実はかなりのオタク。ゲーム大好き、SF大好き。そして、何と言ってもファンタジーが大好き! さっきだって、あの金色に輝く光の中にドラゴンみたいな姿が見えたように感じたんだけど、たぶん幻だろうな。
「登山道まで戻るのは無理だ。仕方ない。痛いけど少し歩くか。なんとか近くの道路に出られればいいんだけど」
自分を励ますようにつぶやいて、薄暗い森の中を歩き出した。ちょっと体が痛いけど、なんとか歩けそうだな。なんだか体がフワフワする。転落した時の後遺症かな? 頭も何度かぶつけたような気がするけど、それほど痛みはない。記憶の方は大丈夫だろうか?
えっと……俺の名前は竜崎翼。W大学理工学部3年生。コンピュータ工学を専攻。成績は中の上。テニスサークルに所属。うん、頭は大丈夫そうだな。問題ない。
「早くこの森から脱出しなきゃ!」
周囲に誰もいないから、自分を奮い立たせるために大きな声で叫んだ。
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