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第8章:旧エルサード王国へ
【オウビ町の港から、ウォーレンさんの魔法船に乗る】
【グルサール帝国付近の地図】
次の日の朝、宿屋に泊まった俺とスノウは、オウビ町の南門の前にいた。ワッツさん、アリス、テリー町長と緑龍ヨモギが見送ってくれた。
最初にワッツさんが俺に言った。
「ツバサ、気をつけてな。魔法船は手配しておいた。ここからまっすぐ南に行くと港がある。そこから乗ってくれ」
「ワッツさん、ありがとうございます」
次はヨモギ。
『私が川の対岸まで飛んで乗せて行ってあげれば簡単なんだけど、それだと不法入国になってまうわ。今はグルサール帝国と問題を起こさないようなしないとね。ちゃんとグルサール帝国領の港で、入国審査を受けてね』
『うん、ヨモギもありがとう。オウビ町と国境の警備、がんばってね!』
その次にテリー町長。
「ツバサさん、何もお相手できず、申し訳ありませんでしたな」
「いいえ、町長。この町は、まだまだ戦争からの復興途上です。お忙しいところを、お邪魔してご迷惑をおかけしました」
最後はアリスだ。
「ツバサさん、また龍の言葉を教えて下さいね」
「うん、機会があればね。それまでは大学でしっかり勉強してね。アリスには本当に世話になったよ。ありがとう!」
スノウとヨモギも言葉を交わしていた。
『ヨモギ、またね』
『スノウちゃん、また遊ぼうね~』
『あ~あ、子供扱いはやめて欲しいね。早く大人になりたいよ』
『ふふふ。白龍族の子は、小さくてかわいいわねぇ』
皆にお別れを言ってオウビ町を離れた。俺とスノウは、町の南門から南方向の海に向かって少し歩いた。しばらく歩くと港が見えてきた。海には防波堤が見える。陸には倉庫のような建物が並んでいる。積み上げた石の岸壁に木の桟橋。そこに小さな船が横付けされている。たぶん、あれが魔法船だろう。
俺が知っている船と見た目は同じ。少し大型の漁船という感じかな。近づいても大きな音がしない。動力がエンジンじゃなくて魔力だからだろう。岸壁に打ち寄せる波の音だけが聞こえる。
魔法船の近くに人が立っていた。船長さんかな? 髭面で頭にはタオルを巻きつけている。真っ黒に日焼けした太い腕。Tシャツに作業着のようなズボンに長靴を身につけている。年齢は高そうだな。近づく俺を睨んでいる。海の男だ。なんか怖そう。
「おはようございます。グルサール帝国領に行く船ですか?」
「ん? お前がツバサか?」
「はい、そうです」
「ここからグルサール帝国領に行くなんて、物好きな奴だな。俺はウォーレン。この船の船長だ……って言っても、乗員は俺だけだがな。ガハハハ」
見た目は怖そうだけど、話してみたら気さくな感じ。大丈夫そうだな。
「コルフ村の龍使いのツバサです。よろしくお願いします」
「俺はオウビ町に住んで、漁師を生業にしている。ワッツからの頼みだから引き受けたんだが、海は危険だからな。承知の上で乗ってくれ」
「はい、自分のことは自分でなんとかします。だけど、海や川は船がないと渡れません。ウォーレンさん、よろしくお願いします!」
「おう。じゃ、早速乗ってくれ」
魔法船は全長15メートルぐらい。武器などはない。純粋な中型漁船だろう。
「グルサール帝国領の港なら、どこでもいいな?」
「はい」
「なら、旧エルサード王国の王都だったアマールまで行く。俺もちょっとした用があるからな。ここから約3時間だ」
「3時間ですか。結構ありますね」
「ああ。以前は橋があったから、陸を行けば簡単にグルサール帝国領に入れたんだがな。今は戦争で橋は破壊されたまま。小競り合いが続いていて、復旧の目処すら立たない。魔法船だと海岸線に沿って南西方面に行くんだが、しばらくは切り立った崖が続く。この大きさの魔法船だとアマールまでは接岸する港がないんだ」
「わかりました。では、アマールまでお願いします!」
「おう!」
◇◇◇◇◇
「おお……これが魔法船! 初めて乗ります」
実は、俺は魔法船だけじゃなくて、船というものに乗ること自体が初めてだ。元の世界でも経験はない。小さい頃に公園のスワンボートに乗って以来の船かも。
「なんだ、ツバサは船が初めてか。船酔いしそうだな。荷物はここに置いて。船酔いしたら甲板で寝ていてくれ」
荷物を降ろして、船縁に捕まって海の中を覗いた。青い海の中に小さな魚がたくさん泳いでいるのが見えた。スノウは魔法バスと同じように、船の中央にある操舵室の屋根の上に飛び乗った。
「ウォーレンさん、この海に龍はいるんですか?」
「ん? 龍か……海龍だな。もちろんいるぞ」
「うわぁ、やっぱり。この航海で会えますかね?」
「なんだ? ツバサはグルサールに行きたいだけじゃないのか?」
「せっかく海に来たんですから、海龍に会えたら嬉しいかなって。俺、いちおう龍使いなんで」
「うん? 龍使いってのは、特定の友達の龍だけと親しいんじゃないのか?」
「他の龍使いの皆さんがどうかはわかりませんけど、俺はどんな龍にでも会いたいですよ。火龍は少し苦手ですけど」
「そうか……わかった。途中で海龍たちの巣の近くを通る。龍使いなら話せるんだろう? 寄ってくか?」
「えっ、いいんですか? ぜひお願いします!」
「その様子じゃ海龍に会うのは初めてみたいだな。ふふん、ビビるんじゃないぞ」
「親戚の水龍にはヤナカ湖で会いました」
「ほう、なるほどな。海龍は俺たち人間に意識して危害を加えたりはしないが、無意識でも被害を被る可能性はあるからな。注意しろよ」
「『無意識に』って……どういうことですか?」
「フフフ……会えばわかる。会えばな」
ウォーレン船長が操舵室に入ると、ゆっくりと魔法船が動き出した。防波堤の横を通って港を出た。外海に出ても、それほど揺れを感じなかった。乗り心地は悪くない。これなら酔わないかも。
「思ったより揺れませんね」
「ああ。魔法で揺れを制御しているからな。その分、速度は抑えて設計されている」
「そうですか」
確かに揺れは少ないけど、魔法バスと同じぐらいの速度だな。元の世界なら自転車ぐらいの速さしか出ていない。
「この先は波が高くなるから気をつけろ……って、もう来やがったか」
「何がですか?」
「魔獣だ。海のな」
「海の魔獣! グルサール帝国の魔獣使いが、海の中にいるんですか?」
「わからん……野生の魔獣の可能性もある。海の魔獣は、陸の魔獣とはひと味もふた味も違う。気をつけろ」
海の上に三角のヒレがいくつか見える。イルカ? サメ? シャチ? まっすぐに魔法船に向かってくる。
「ウォーレン船長! このままじゃ魔獣が船にぶつかります!」
「大丈夫だ。魔法で防御する」
そう言って、船長は操舵室の中に設置してある魔石に触れた。
ドンッ!
魔法船の周りに海水の壁ができた。そこに大きな口を開けた魔獣がぶつかった。魔獣が身体をひねった時に、魔獣の半身が海水の中に見えた。これは……サメだ! ただし、もの凄くでかい。鯨と間違えるほどの大きさだ! 体長10メートルはあるだろう。口の中にデカイ歯が並んでいるのが見えた。
「メガシャークだな。コイツらがこんな海岸近くに現れるとは。しかも5体はいる! メガシャークが集団で行動するとは! どうやら運が悪いぜ」
「どうしたらいいんですか?」
「下手に手を出すな! 出した手を食いちぎられるぞ! 魔法船の周囲に防壁を張った。持久戦だな。諦めてくれるのを待つしかない」
「わかりました」
メガシャークたちは、魔法船の周りをグルグル回りながらついてくる。なんとかして魔法船を攻撃したいんだろう。
グルサール帝国に入ろうとしたとたんにこれか。幸先の悪いスタートだな。

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