10時間目

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10時間目

俺達が教室に戻るとクラスメイトはみんな席に着いていて、俺達もすぐに席に着いた。 みんなが席ついてる時に入ると一気に視線が集まるんだよなぁ。それ苦手。 あ、そこのかわい子ちゃん! 今さっくーじゃなくてため息ついたろ! この俺はきっちり見逃さないZE☆ 席に着いてすぐ予鈴が鳴り、先生が入ってくるのをじっと待っていた。1時間目の世界史で小テストがあるためみんな静かに勉強している。 俺もだいぶ正常に戻り、落ち着きを取り戻した。 あれは定期的にくる我儘期ってやつだな。あ、我儘期って言うのは俺がただ単純に小さい子のように我儘を言うだけである。だいたい1ヶ月に20回はある。 しばらくすると扉が開く音がして先生が入ってくる。 なんだ。社長出勤かよ。はい。先生遅刻ー。いけないんだー。 そんなことを考え頬杖をつき眺めていると後に続いて先程の美女が入っきた。 美形2人の登場に男子も女の子も俄に騒ぎ始めた。 あの2人、絵になるなぁ…… 先生と謎の美女の組み合わせは違和感がなくとてもお似合いだった。 たぶん教室の中にいる誰もがそう思っているのだろう。 何人かのクラスメイトは悔しそうに顔を歪ませてるし。 俺よりもあの人の方が先生とお似合い……ってどっちに嫉妬してんだよ! 「こちらは実習生の横山(よこやま)梨々花(りりか)先生だ。今日から3週間の間みんなと過ごすから仲良くするように」 ふーん。梨々花先生ね。メモメモ。 実習生と言うことはまだ大学生ってことか。 先生の言葉の中で俺にとって有益だと思う情報をすかさず脳内メモをしながらまだ綺麗な数学ノートにもメモをした。 今もこれからもこのノート使う予定ねぇしな。 先生の紹介に梨々花先生は1歩前に出て軽くお辞儀をし微笑んだ。 「それじゃあ、梨々花先生からも一言」 「はい」 教卓の前に行き、静かに教室を見渡した。 その動作ひとつひとつが品があってクラス全員が魅了されているのがわかった。 可愛くもあり美しくもありとか完璧だろ。危うく立ち上がって告白するところだったよ。 「千早高校系列の千早大学から来ました。横山梨々花です。元はここの学校の卒業生で、今は大学4年になります。教科は国語を担当しています。それではよろしくお願いします」 凛とした声に自己紹介が終わるとみんな自然と拍手を送っていた。 その様はまるで幽霊に取り憑かれたかのように無心だった。 ほんとあのお花畑頭野郎はなんでこんな高嶺の花を手放したんだろう。もったいねぇ。 まぁ、あいつの頭の中の花は全部彼岸花だしな。梨々花先生が百合だとすると高嶺の花すぎて手が届かないってか? 先生にしては考えたな。身の程をわきまえて偉いぞ! 褒めてしんぜよ! ちなみに俺は鈴蘭な。 「それじゃあ、SHRは終わり。1時間目の準備をしろ」 いつの間にか教卓の所に彼岸花……じゃなくて先生が立っていてパンっと手を鳴らすと、みんながワラワラと自分のことを始め、何人かの生徒はさっそく梨々花先生の所へと話しかけに行ってる人もいた。 珍しい……女の子達が先生を放っておいてるなんて…… 視界の端で先生が教室から出ていくのが見え、俺は無意識に教室から出ていく先生を追いかけた。 神のいたずらか、それとも俺の今日の行いのご褒美か先生の周りには女の子達は誰ひとりいない。 これは、俺に話しかけろって言ってるみたいなもんだろ。 こんな事をご褒美だと考えてしまう自分は無視し、俺は自分のしたい事を素直に行った。 「先生っ!」 ある程度近づき呼びかけると歩みを止め、俺の方を振り向いた。 「なんだ?」 「あ、いや、その……」 ただ、話したいという気持ちばかりが前に出てしまい内容を何も考えていなかった。 俺はこう見えて元々コミュ障のため、自分でキャラを作らなければどうも上手く話せない。機転が利かないのもあるがふざけなしでまともに話すのはかなり苦手だ。 俺は落ち着きなく指をもにょもにょさせ言葉を考えていると、先生の方から口を開いた。 「今忙しいから、また後でいいか?」 モタモタしているとそんな事を切り出され、さらに焦りが増す。 確かに今は話す内容ないし、後でもいいかもだけど……こいつと2人で話せるチャンスなんて後にあるか? 思考が物凄い速さでグルグルと周り、目が回ってくる。 「あのさ! また暇な日一緒にいていい?」 混乱の中変な言葉が口走ったのを言い終わってから気づいた。星の数ほどある言葉の中からこれが選ばれたということはきっとこれを言いたいがために先生に話しかけたのだろうか。 女々しいわ! 今すぐぶん殴りてぇ! 顔の形変わるくらい自分を殴りたい! いや、ダメだ。そんな事すると国が泣く。俺の顔国宝だし。 そんな国宝級の俺は考えるより先に思ったことを口に出すのが最大級の悪いところだ。 後悔先に立たずという言葉を現在進行形で噛み締めている。 先生は驚いたように一瞬目を見開き口を開いたり閉じたりを繰り返して言葉を探してるようだ。 「……だーめーだ。お前だってこんなむさ苦しい男より女子と遊んでたいだろ?」 「…………」 相当考えて出したのであろう答えがそれで、真面目な顔で言われ胸が痛んだ。 なぜか絶対受け入れてもらえると思っていた俺がいて、こうもハッキリと断られてはショックだった。だけど、先生の言ってることも最近までの俺ならそう考えていたため言い返すことが出来ず俯いてしまった。 そうだよ。俺は女の子が好きだ。可愛い可愛い女の子が。 でもなんだろ……この違和感は。 「……じゃあ、な?」 「……っ!」 先生は躊躇いがちに別れを言い軽く手を振って俺に背を向けた。 勢いよく顔を上げ呼び止めようとするが、喉に何かがつっかえ言葉が出ない。 俺……昨日からおかしい…… 気づいたら先生のことばっか考えてる。 気持ち悪い……吐きそうだ。 「あ、そうそう」 先生が何かを思い出したかのように歩みを止め振り返った。 まだ先生と話せると思い半ば無意識に希望に縋るような目で先生を見た。 「な……なに?」 「お前は俺の事が好きなのか?」 ……は? 「もう1回言って……」 サラッと俺が冗談を言う時のように軽く言われ、聞こえてたのにもう1回聞き返してしまった。 「だから、俺の事好きなのか?」 「な、何言ってんだよ!? 気持ちわりぃ! 俺が男を好きにな…………」 今度は言葉をしっかり受け止め先生の言葉に否定するが、最後まで言葉を言おうとして声が詰まった。 なぜかこれ以上言ってはいけない気がする。 ここで俺が男を好きにならないって断言したらどうなる? 俺の誘いを断った先生は俺を断ち切ろうとしているのかもしれない。 それだったら、俺がここで断言してしまったらもう……本当に先生と生徒の関係のままになってしまうのではないか? い、いやいや! それでいいんだよ! 俺だってホモじゃねぇんだし! 「好きになるわけ……」 もう1度伝えようと言葉を発するがやはり喉が詰まってしまう。それどころか目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。 何にこんなに追い詰められてるのかわからない。焦り、不安、不満、先程の負の感情が続いているのか少々過剰になっている気もする。 自分自身なんで泣いてるのか全くわからなかった。 「なんだよこれ……なんで……? 意味わかんねぇ……」 「……隼人……」 少し離れていた先生が近づき、唇が軽く触れ合った。 急な出来事で、涙が一瞬で引っ込み変わりに顔から火が出そうなくらい熱くなった。 なんだよ! この身体の仕組み! 人間ってすげぇな! 驚くと涙が引っ込むんだぜ? 恥ずかしさから頭の中が正常な判断ができない状態になってしまった。いつも正常な判断出来てないけど。 「あ……えっと……その……ごめん……っ!」 これ以上ここにいたら心臓に悪いと判断し謎に謝ってから咄嗟にその場から走って逃げてしまった。 俺の中で自分の気持ちに気づきかけているのが嫌でもわかる。だけど、それを受け入れたくない自分もいた。 好きじゃない好きじゃない好きじゃない。 俺が先生を好きになるわけがない。 俺が好きなのは女の子だ。 絶対に認めない。 いや、認めたくない。 認めるのが怖い。 「……ほんとになんなんだよ…………!」 まだ全然わからない校舎を無我夢中で走り抜けた。とにかくどこかに行きたかった。誰もいなくて静かな場所へ。 もう、やだ。俺自身がよくわかんない。 なんでこんなに辛いんだろ。 なんでこんなに悩むんだろ。 自分に素直になり気持ちを受け入れてしまえば、認めてしまえば楽になれることはバカな俺でもわかる。 だけど、誰かと本気で付き合うのが怖かった。先生に依存していく自分が怖かった。 「あーもー……」 いつの間にか最上階に着いていて屋上に出ていた。爽やかな風が吹き抜けそのまま俺の負の感情を吹き飛ばしていきそうなくらい落ち着く風だった。 あー。気持ちいい。 フェンスに軽く寄りかかり空を見上げると雲一つない快晴だった。 俺の曇った心もこれくらい綺麗に澄んでくれれば何もかも楽になるのにな。 月並みの言い方だが、広い空を見ていると自分の悩みなんてちっぽけのものだと思えてくるのは本当みたいだ。 いつまで悲劇のヒロインぶってんだよ気持ち悪りぃなぁ。家なんて関係ない、環境なんて関係ない、無駄な事を考えて愛してくれる人を失った時の方がよっぽど悲劇なのによ。 目線を落とすと微かに指先が震えているのが見える。 「俺って……バカだよなぁ」 ため息混じりに独り言を呟き再び綺麗な晴天に目を向けた。 「ーーうん。馬鹿だよね」 「だよな~…………って誰だ!?」 ここには俺ひとりしかいないと思っていたら返答が来てドギマギした。 え、はずっ。超格好つけて黄昏てたんですけど!? 変なポエムとか言ってないよな!? ポエム的なやつは全部心の中で留めてたよな!? 「私だよ私」 出入口付近から声が聞こえ見ると、逆行でわからなかったが誰かがゆっくり歩いてくる。 そこまで背は高くなく声からして女の子だと言うことは把握出来た。 それに、この声……まさか。 ある程度の距離まで来たら人物が特定できた。 予想通りの人物にそこまで驚きはしなかったが、先程までの愛らしい口調ではなく冷たい口調に焦りはした。 怒ってる……? 「えっと……梨々花、先生?」 さっきまでいろんな人に囲まれていた梨々花先生が長い黒髪を靡かせ向かってくる。 その目は縄張り争いの時の蛇の如く敵意剥き出しで恐ろしいものだった。 だが、そんな目もほんの一瞬だけですぐにさっきのような子猫のような目に戻った。 「えぇ。隼人くんに覚えててもらえるなんて光栄だなぁ……」 口調も特に冷たさがなく、さっきのは聞き間違いなのか変に意識しすぎで勝手にそう勘違いしていたのかとにかく変わりがない感じで安心した。 な、なんだ。よかった。 「当然っ! 美人の顔と名前とバストは覚える主義……えっ!?」 安心しきった俺はいつものようにヘラヘラ笑いながら近づくと腕を掴まれ強い力で急に抱き寄せられた。 いくら女の人の力でも不意をつかれると抵抗できなくなる。 う、嘘っ! 積極的! なんて心の中では思うようにしていても内心めちゃくちゃ混乱WITHドキドキNOW。 「ちょ!?」 いろんな意味で危ないから離れようと軽く押すが力加減がわからず上手く動けない。チビの俺でも下手に突き放すと吹っ飛んでしまう可能性もある。 これでも元運動部だし。 ちなみにいろんな意味というのは梨々花先生の今後の教師生活に関わるという意味で、決して俺の理性が飛びそうとかではない。ここ重要。テストに出るよ! 俺を抱きしめ腰にある梨々花先生の手が徐々に下がっていく。 「や、やめろ……!」 これ以上はおふざけ無しでやばいと思いやむを得ず突き放した。 梨々花先生はよろけたくらいで吹き飛ばされはしなかったが、いい感じに俺から離れた。 「このまま流されてくれればよかったのに……そうすればあんたが優くんに嫌われるのに……」 「おい、どういうつもりだ?」 ブツブツと独り言を呟く梨々花先生を問い質すとまた蛇のような敵意剥き出しの目になり俺をキッと睨んだ。 その目からは強い憎悪の感情が読み取れた。 俺、この人に恨まれるようなこと何かしたか? 寧ろ惚れられる事をやった気が…… 「それはこっちのセリフよ!」 「っ……!?」 今度は高い声で叫ばれ思いっきり胸ぐらを掴まれて顔が急接近した。その距離はもう少し近づけばキスできてしまうくらいめちゃくちゃ近く、思わず後ずさった。 近くで見ると一段と可愛い…… じゃなくて、だからなんで俺はキレられてんの!? 「あんた、男でしょ!?」 「……へ? そうだけど?」 当たり前の事を聞かれ、間抜けな声が出てしまったが怒りで興奮状態の梨々花先生は気にもせず文句を続けた。 「それなのに、優くんを誑かして……ちょっと顔がいいからって調子にのんな!」 「はぁっ!? 何言ってるのかわからないんだけど?」 見覚えのないことに驚きつつも俺はなるべく優しく聞き返したがそれでも梨々花先生の文句は収まらなかった。 「私はね、あなたのせいで振られたの! 他に好きな人が出来たからって! 誰だって聞いたら霧矢隼人って言うし。この私が男に負けるなんて屈辱よ!」 「…………え、えぇ……」 何て返せばいいのかわからなかった。というか自己中心的すぎて言い返すのを忘れてしまうくらい呆れた。 取り敢えず、お花畑頭野郎、そんな中途半端な気持ちで付き合ってたのかよ。さいってーだな。てか、あいついつから俺の事が好きなんだよ!? それに、勝手に俺の名前出すな! ドロドロのやつに巻き込まれるのは嫌だ! と、お花畑先生に言ってやりたい。 「ご、ごめんなさい……」 我に返った梨々花先生は少し焦った感じで小声で謝り掴んでいた胸ぐらを離した。そして、静かに出入口のところへ向かった。 責め立てるだけ責めてこの人はいったい何しに来たんだよ。恩を売る気はさらさらないが、せっかく助けたのにこんな仕打ちを受けちゃ気分はよくねぇよ。どいつもこいつもあのセンコウに毒されやがって。 「チッ……」 俺はかなり大きな舌打ちをし、梨々花先生の背中に向かって声をかけた。 「おい! あんたはまだ先生のことが好きなのか?」 かなりどうでもいい問いかけかもしれないがどうしても本人の口から聞いときたかった。 梨々花先生は足を止め振り向いた。 その表情は軽蔑したような小馬鹿にしたようなとてもムカつく表情だ。 可愛いからってなんでも許されると思うなよ……くそっ……その蔑む目、俺の性癖に刺さってしまう…… 「えぇ。大好きよ。あの人をもう1度手にいれる。そのためだけにここに戻ってきたもの。それに、あなたがここの生徒でいてくれて好都合だったわ」 「…………はい?」 ご丁寧に詳しく教えて下さり、俺の頭では全部を理解するのは難しかった。 えっと、つまり先生を口説くためにこの学校に来たってことか? それで俺もいたからついでに潰す事も出来てラッキーってか? 1つ1つ俺にもわかりやすいように脳内解釈していくと、梨々花先生の異常さがわかってくる。 この人は麻薬をやめられない中毒者のように先生に依存していて意地でも自分のモノにしたがっている。 それにこの人の言葉をそのまま受け止めると、このためだけに教師になったとかあいつのために人生を棒に振ったとさえ捉える事が出来た。 ここまで来ると流石に怖いを通り越して好きな人のためにここまで出来るということに手を合わせて尊崇したくなる。 「あのさ、それ本気?」 控えめに聞くと、梨々花先生は頷き大きな胸を張って答えた。 「もちろん。だから、あなたには絶対優くんを渡さない。あなただけじゃない、みんなにも渡さない」 自己紹介の時のような凛とした声で語り、立ち尽くす俺を残してどこかへ行ってしまった。 その決意表示はとても真っ直ぐでさっき見上げた時の空のように1点の曇りもなくどこか美しいものさえ感じさせられた。 いいなぁ……俺もあれくらい素直で真っ直ぐだったらこんなにやきもきしなくて済むのに。 『えぇ。大好きよ』 『あなたには絶対優くんを渡さない』 梨々花先生の言葉が頭から離れず、胸がキュッと苦しくなった。 その感情は今までにないような初めての気持ち。 なんで俺、こんなに辛いんだ? 一瞬でもあの人に先生を取られたくないって思った自分に驚いた。 これが嫉妬……ってか? なーんてな。 「面倒くさ! 消しカスで練り消し作るより面倒くさ!」 何もかもを投げ出すかのように大きな声を上げ仰向けで寝そべった。 やっぱ俺……先生のこと……いや、やめだやめだ。 俺は頭を振り現実から逃げるようにこれ以上は考えないようにした。 広い空を見渡すと遠くから雨雲が近づいてきていた。 ▹▸ そんなことが起こってからからかれこれ2週間経った。 あれから何も変わらない。 梨々花先生はあれから何ともなかったかのように接してくるし、先生ファンの行列もいつも通り。 俺も通常運転でクラスではふざけて笑いを起こしている。 颯太とも相変わらず仲良くやってるし、特に大きく変わったことはない。 ただ1つ変わったことといえば、先生と距離をおくようになった。 というか、距離を置いているつもりはないんだが、最近は授業を真面目というより無心に受けてるからあっちも言い様がないらしく、自然と関わることが減った。 ……俺は、本当にこれでいいのか? 梨々花先生の言葉を真に受けるなら、俺の見てないところで先生に猛アプローチしてるはずだ。 それとも、これからするのかもしれない。 先生も男だし、あんな美女に言い寄られたらコロッと気持ちが変わってしまうかもしれない。 正直俺は先生と関わらない事で元の自分を取り戻せると思っていたが辛さが増すばかりだ。 どうにか……どうにかしねぇと…… 俺は唇を強く噛み、雨に打たれながら1人で家に帰っていった。
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