11時間目

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11時間目

「やべぇ……熱出ちゃった……」 手元の体温計には39度8分と示されていて、近くに置かれた手鏡を手に取り見ると今にも湯気が出てきそうなくらい顔が真っ赤になっている。 まぁ、原因はだいたい予想出来てるけど。 ……お分かりいただけただろうか。 昨日の帰り、俺は1人寂しく雨に濡れて帰っていた。その前から実はあまり体調が優れていなく、追い討ちをかけるように雨に濡れたため悪化してこのような結果に陥ったのだ。 自分の愚かさにはとことん呆れながら寝転がった。 「こんなに熱出んのは久しぶりだなぁ……今日は休むしかないか」 独り言を呟きながら枕元にあるスマホを取り仰向けで寝ながら学校に欠席する連絡をした。そして、颯太にも伝えるためメールを打った。 スマホあるある。仰向けでスマホを見ると顔面に落ちてくる。 ま、俺はそんなバカな事はしないけどねぇ。 「いでっ……」 おスマホが俺のお美しいお顔にお落下し、お地味なお痛さにお鼻を抑えた。 ……べ、別にこれはフラグ回収しただけだし。仰向けでスマホを使うとこうなるよって教えてあげただけだし! ったく。あー……ダル……クラクラする…… ダルさと眠さが同時に襲ってきて寝ようと目を瞑るが暑すぎてなかなか寝付けない。 俺の顔面を直撃し床に落ちたスマホは特に拾いもせずほっといた。 「暑い…………キモイ…………死ぬ……」 うわ言のような言葉を吐き、少しでも涼しくなるように布団をかけずにいた。 それでも暑さは和らげられない。エアコンの温度も下げたいが電気代やらなんやらで叔父に言われるのも嫌なため扇風機を自分の方に向けてそれで我慢した。 あーもー……最悪…… はやくノンレム睡眠こーい。ノン・レムさんが1人。ノン・レムさんが2人……ノン・レムさんが3人…… 無理矢理寝ようと目を固く瞑りノン・レムさんの数を数えていると193人あたりでそのまま意識が失ったかのように深い眠りについた。 ▹▸ ーーピーンポーン。ピーンポーン。 あ、あれ? 俺、寝てた……のか。 いつ寝たのかわからないくらいほんと気がついたら寝ていたらしくインターホンの音で目が覚めた。時計を見ると午後6時。だいたい半日くらいずっと寝ていたようだ。 これぞまさしくノン・レムさんパワー! すげぇ……お昼も食べないでずっと寝てられたとか……神かよ。神だよ。 心做しか身体もさっきよりはマシになった気がして、ベッドから立ち上がった。 あ、あれぇ……? 楽になったと思ったのだが、ずっと寝ていたせいか上手く脚に力が入らない。 やっぱまだ万全じゃねぇのか…… ーーピーンポーン。ピーンポーン。 ムカつくくらい一向に鳴り止まないインターホン。正直ピンポンダッシュよりもこういうしつこい奴の方がタチが悪いと思う。 居留守を使おうと思ったが、帰る気配がないためインターホンの主のところへのろのろと迎えに行った。 「ったく、誰だよ……病人をもっと大切に扱えっちゅーの……」 数歩歩いたところで身体に異変を感じた。 なんだこれ……フラフラする……朝より熱上がってんじゃないのか? なぜか、頭が舞い上がったような感じになり身体自体も軽い。だけど、足元が覚束なく少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうだ。 身体が軽く感じたのって高熱によってそう勘違いしてたからなんじゃねぇか……? どうにか壁をつたり玄関にたどり着くと扉を開き外を確認した。 「どちらさん……て、先生……?」 あーあ。こういうのって普通クラスのかわい子ちゃんがプリントとか届けてくれるもんじゃねぇのかよ。 人物を認識してからそんな文句を言ってやりたかったが、外にいる優作先生の心配そうな表情と少し上がった息、外は雨が降っていたのか濡れた髪や衣類を見て何も言えなくなった。 そんな顔されたら調子狂うって…… 「だ、大丈夫か!?」 いつもと同じ聞き心地のいい声で、でも、かなり焦ってるような声色でたずねてきた。それだけでどれだけ心配してくれてるのかが伝わり胸がいっぱいになる。 熱のせいか、それとも最近話せてなかったせいかそんな先生を強く抱きしめたくなった。 だけど、そんな事小っ恥ずかしくて出来ねぇけど。 「おう……よゆ……」 先生に会え安心して気を抜いてしまったのか先生の言葉に答えようとした時足元がふらつき地面と天井が逆さになった。 こりゃ、やべぇぞ…… 暗闇に引きずり込まれるように意識が途切れ先生の心配そうな声をよそに深い眠りについた。 ▹▸ 「ん……?」 次に目が覚めた時は自分のベッドの中にいた。 起き上がって外の様子を見たがもう既に真っ暗になっていた。雨は止みそうになく、まだまだ降り続けている。 あれぇ……確か、玄関に行ったら先生がいて……それから……なんだっけ? 思い出せん…… 働かない頭で考えようとするが、考えれば考えるほど頭痛が起こりこれ以上の詮索はやめといた。 その痛みはまるで、テスト勉強をしている時のようだった。特に数学の勉強してる時。 そういや、先生は……? ふとベッドの脇に人の気配を感じ、見ると先生が座っていて微笑みかけてくれた。 「大丈夫か?」 「うん……俺……」 会った時と同じ様に心配そうに聞いてくる先生に状況を確認しようと口を開いたら察してくれた先生が聞く前に答えてくれた。 「お前急に倒れたんだけど覚えてないか? こっちはめちゃくちゃびっくりした」 あ、そっか……俺倒れたんだ……余裕とか言っときながら倒れるとかちょーカッコ悪! 事態を鮮明に思い出し、迷惑をかけた申し訳なさと倒れてしまった恥ずかしさが混ざり1人で悶えた。 んじゃ、先生がここまで運んできてくれたのか……重かったろうに、ぎっくり腰にならなくてよかった。 「えっと……ありがと。お手数かけて申し訳ないです」 素直にお礼を言い頭を下げると先生は俺の頭に軽く手を乗せた。 先生の手は暖かくて大きくて、なんだかとても安心する。 「大丈夫だ。まだ辛そうだな。水飲めよ」 「あ、うん。ありがと」 新品のペットボトルを受け取り、キャップを開けて飲んだ。俺の冷蔵庫には確か食べる物も無ければ飲むものも無かった気がするからわざわざどこかで買ってきてくれたのだろうか。 何から何まで、オカンかよまじで。 相当喉が乾いていたのか500mlの水を一気に全て飲み干してしまった。 「ぷはぁ……」 口についた水を手で拭い、特にすることもなくぼーっと前を見据えた。 頭がぼーっとする。 思考が全て停止させられたみたいに何も考えられない。 今テストやったら確実に0点取れる自信ある。え? いつもと大して変わらないじゃんって? 熱うつすぞゴラァ。 横目で先生の方を見ると頬を軽く赤く染め、俺の方をじっと見ていた。 熱うつったのか? それとも、俺が神々しくて惚れ直したとか? 「どした?」 俺が聞くと、先生は肩を大きく揺らしすぐさま目線をずらした。そのあからさますぎる行動に少しだけムッとしてしまう。 「あ、あー、い、いや、えっと……その……さ……」 「ん?」 先生にしては珍しいコミュ障会話で不覚にも愛しいとさえ思えてきてしまう。 コミュ障会話とは「あ」とか「えっと」とかその他もろもろが入っていてなかなか本題に入れないことだ(隼人ペディア)。 これもこれでかわいい…… 「け、携帯……何回も電話したのになんで出ないんだよ」 無理やり絞り出したであろう話題を振ってきて、俺は床に落としたスマホの存在を思い出した。 そう言えばそのまま放っといたんだっけ。 俺は携帯を床から拾い上げ、開くと何回、何十回とかかってきてる知らない番号。 「スマホ床に落としたまんまだった」 「そうだったのか……」 先生はそう答えひとつため息をついた。 こいつと番号交換した覚えがないから、たぶん俺の個人情報か載ってる紙から見つけたんだろう。 俺の個人情報見んの好きだな! おい! ま、別にいいけど。 「お前、病院行ったのか?」 スマホの話題を挟んで調子を取り戻した先生はいつもの様に聞いてきた。 「うん。一昨日から体調悪くて昨日一応行った」 「そうか。薬は?」 「後で飲む」 やっぱオカンだ。 反抗期の男子中学生はこんな風にお節介に聞かれると「もううるせーよ」とか「わかってるって」と絶対言うのだろう。俺には反抗期ってもんがなかったけど。 「わかった。ある程度落ち着いたようだからゆっくり休めよ」 先生が立ち上がり、もう一度優しく頭を撫でてくれた。それはもうお別れの時間が来たかのように。 「どこ……行くの……?」 「どこって……帰るんだよ。明日も学校だし」 先生からさも当然のことを言うかのように告げられた。いや、普通に考えたら当然のことなのだが、今の俺には永遠の別れかのようにも感じられた。 先生帰っちゃうの? 俺ひとりぼっちになっちゃうのか? 「ーーやだ、行かないで!」 袖を掴み、先生の行動を制止させると先生は驚いたようにこっちを見た。物凄く迷惑だと思うだけどそれを上回るくらい1人になるのが嫌だった。 1人になりたくない……先生を離したら……もう会えなくなるかもしれない…… そんなことは絶対ないのに不安と恐怖が頭をよぎって困った顔をした先生を離さなかった。 「ったく……しょうがないな」 さすがに病人を置いていくのはまずいとでも思ったのか頭を掻きながらさっきと同じ様にベッドの脇に座った。 「えへへっ、やった……♪」 俺は先生の首に腕を回し抱きついた。 先生の耳が心做しか赤く見える。それだけの事でも可愛いと思えてくるのは熱のせいなのだろうか。 「せんせっ」 「なんだ?」 「だーい好きっ♪」 先生から離れお礼の言葉の代わりに自分の素直な気持ちを伝えると先生の赤い顔がさらにリンゴのように真っ赤になり、自身の口元を手で覆っていた。 「お前一生熱出てればいいのに……」 不吉なことを苦笑いしながら言い顔が近づいてくる。この次に起こることはなんとなく察しが着いた。 「だ、だめ、風邪がうつる……」 頭が働かない状態でもそれくらいは考えることができ止めようとするが先生は優しく微笑んだ。 「俺は馬鹿だから風邪はひかないよ」 優しい声でそれだけ言うと一気に顔の距離が縮まり軽く唇がふれ、舌が入ってきた。 「あ……ふぁ……っ……んぅ……」 苦しい……上手く息ができない…… ただでさえ深いキスは息苦しいのに、風邪を引いていると本当に窒息しそうになる。 でも、やめたくない自分がいるのも確かだ。 「はぁ……はぁ……ゲホッゲホッ!」 唇が離れると酸素を取り込もうと呼吸が荒くなり咳もでてきた。 あーもー。かっこ悪っ…… 先生に心配かけたくなかったが、とめどなく咳が出てきてなかなか止まらない。 「ごめん! 病人にやりすぎた……!」 そんな俺を見て先生は申し訳なさそうに眉を下ろし謝ってくる。 その姿が可愛らしく見えて……なんていうか、愛おしい。 ある程度すると咳は止まり呼吸も落ち着いてきた。もう、大丈夫だな。 「いや、大丈夫だから!」 「そうか……ならよかった」 先生が安心したような表情を浮かべ大きな手が俺の頭を軽く撫でた。 ……撫でられると安心するなぁ…… ガサガサッ。 「ひぃっ!?」 不意にベランダから何か物音がして情けない悲鳴と共に後ろへ後ずさった。 昔から怖がりで臆病な俺は夜というものそのものが大の苦手だ。夜遅くまで起きてられないことはないが物音とか聞こえるとビビってしまう。 「どうした?」 外の物音が聞こえなかったのか先生が心配そうに聞いてきた。今日はいったい何回先生にその表情をさせれば気が済むのだろうか。 「そ、外から物音がしたような……き……気がしたけど、気のせい……だよな……?」 「猫かなんかだろ?」 猫、か。確かに…… 俺の部屋はアパートで2階にあるから、落ち着いて考えれば猫か鳥がベランダに入ってきたと思うのが自然だ。 ただでさえビビりなのに、脳が熱によって停止している状態の俺にはあの一瞬でそこまで読み取れなかった。 念の為先生が窓の外を見てくれたが、首を横に振り何も無いことを教えてくれた。 「お前もしかして、お化けとか苦手な人?」 「なっ……!?」 図星を当てられ言葉が詰まる。 「に、苦手じゃない……!」 「はははっ」 無理やり絞り出したような声でバレバレな嘘をつくと先生は愉快そうに笑い声を上げた。 この人の事だ。すぐに嘘だと気づいたのだろう。 「うっ……おやすみ!」 恥ずかしさを紛らわす為に勢いよく布団をかぶり寝転がる。あんなに寝たのに布団を被ったらすぐに眠気が襲ってきて目を閉じた。 強烈なノン・レムさんパワーを感じるのじゃ! 「その様子だったらすぐ治りそうだな?」 意識の遠くの方で先生の声が聞こえる。 この声は、夢か現実かも区別がつかず取り敢えず寝といた。 返事して違ったら余計恥ずかしいし。 でもまぁ、とりあえず布団の中で頷いたが見えてないから気づかないだろう。 「寝るのはやっ! ……おやすみ。隼人」 うん。おやすみ……さっくー。 今はなんだか俺をこんな目にあわせた雨の音でさえ心地よく感じていた。
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