135人が本棚に入れています
本棚に追加
5時間目
「おい、隼人大丈夫か?」
「だ、だ、大丈夫じゃねぇよ……! 揺らすな! お花畑頭!」
いつになく心配した様子で焦っている先生が必死に俺を揺らしていた。
そのせいでただでさえさっきのやつで腰が痛いのに、これじゃ腰とメンタルがご愁傷様しちゃうから!
生まれたての子鹿のようにプルプルとした足で立とうとすると力が抜け、またしゃがみ込んでしまう。
だが、壁を使えばなんとか自力で立てた。
そんな様子を先生はお昼のサスペンスドラマでも見てる主婦のようにハラハラとした面持ちで見ていた。
めちゃくちゃかっこわりぃ。
「……ごめんな」
消えてしまいそうな声で先生に謝られ、なんとも言えない罪悪感に襲われた。
俺は絶対悪くないと思うが、それでも……俺の方が若いから本当に嫌なら殴るなり蹴ったりすれば逃げられたはずだ。
なのに、俺は本気で拒もうとしなかった。それどころか、最終的には身を委ねてしまったし先生が全部悪いとは言いきれない。
「…………先生は悪くない。最終的に身を委ねた俺が悪いし」
「だけど、俺が無理やり……」
「興味ねぇ……俺を抱こうが抱かまいが、どうでもいいし」
「えっ……?」
無理のあるフォローの仕方だと思ったが、先生に自分自身を責めて欲しくなかったしこれ以上謝罪の言葉を聞きたくなかった。
「でーも! 罪悪感ありまくりだったら、今日の補習これで終わらせてくれれば許してやるよ!」
「……ははっ、お前すげぇな……中学の時のままだ……それだから俺に付け込まれるんだよ」
「うっせぇ!」
考えるより先に言葉ばかり出てきて自分でも、もう何を言ってるのかわからなかった。
ただ1つわかってることは、一瞬でもこの人に抱かれて嫌じゃなかったと思ってしまったということ。
そうじゃなきゃこんな風に庇わないし。
俺は乱暴に筆記用具を片付け鞄を持った。
そして、扉を開きいつも嫌ってた相手を庇った照れくささを隠すために敢えて先生の目を見た。
「じゃ、じゃあな!」
「あぁ。また明日」
資料室を出て、俺は先生に心配をかけないようにとなるべく普通に歩こうとするが、やはり足が覚束無い。
酔っ払いのような足取りで下手すると職質でもされるんじゃないかと思うくらい。
くぅ……腰痛っ……! あのセンコウ、激しすぎなんだよ。自分の歳考えろっちゅーの。
それにしても……あいつ……俺の事好きとか言ってなかったか?
聞き間違いなのかもしれないけど。
手すりを使って階段をおり、靴箱になんとかたどり着くことが出来た。
まだ綺麗な靴を履き終え、シワシワになったワイシャツを見て今更ながら憂鬱な気持ちで軽くため息を吐いた。
波乱万丈ってこういう事なんだろうな。
「はーやとっ! 終わったのか?」
校舎から出ると、制服のままの颯太が階段に座って待っていた。
格好を見る限り10分以上余裕で経っているのに、帰らずに待っていてくれたらしい。
「颯太、なんで?」
「なんでって、暇だったからさ」
「そっか、ありがとな!」
照れているのか、頬を掻きながら俺から目線を外した。
その姿がいじらしくて思わす抱きつきたくなった。が、闘牛士のように華麗にスルーされそうだから我慢した。
「それじゃあ、帰るか?」
「うん!」
そう言い、颯太が歩きだし、颯太のペースに合わせて俺もついて行った。
帰る方向は同じで、前の高校の事や、中学の事などたくさんの会話が弾んだ。
颯太はかなり聞き上手で俺が一方的にベラベラと1人で喋ってたけど。
相槌を打つタイミングが絶妙で話しやすいんだよな。
「でさぁ!」
「なぁ」
話している途中に颯太が口を挟んできた。
俺は今までずっと喋らせて貰っていたため、素直に話の主導権を颯太に譲った。
「隼人って先生と仲良いの?」
「先生って?」
「さっくー」
「ぶほっ! ゲホッゲホッゲホッ!」
「大丈夫か!? 汚っ!」
いきなり来たその人物の話題に盛大にむせ返った。
話を聞くため颯太の方を向いたから思いっきり唾が颯太に直撃したことだろう。
はぁ……さっきまであいつの存在忘れてたのに……
「まぁ、仲良いんじゃねぇの?」
話題の人物が人物のためつい素っ気なく答えてしまったが、颯太は顔色ひとつ変えずに聞いていた。
「そっか」
「どうした?」
「んー、さっくーのあんな生き生きとした顔初めて見たなって思って」
俺は無言で話を聞き颯太が続けた。
「さっくー、お前が来るまでただの優しい先生だったんだぜ? 寝てる生徒がいても優しく起こすくらいだし」
「なんだよそれ。差別かよ」
「ははっ♪ そうかもな。でも、あんな楽しそうなさっくー見せられると益々女子から人気が出ちゃうな」
「それは困る!」
俺の中でのあいつはこれと言って楽しそうにしてる様子はなかったのだが、周りから見たらそう見えてたのだろうか。
あの野郎俺を馬鹿にする時だけ生き生きしてんのかよ。ムカつく。
「これからも仲睦まじくやってくださいな。おふたりさん♡」
「は、はぁ!?」
目を細めいやらしく口端を釣り上げた颯太に思わず大きな声を上げてしまった。
その言い草は先生と俺が先程何を行っていたのかわかっていたような感じだ。
「あ、じゃあ俺こっちだから!」
分かれ道に差し掛かり、俺の行く道と反対の方に行こうとしていた颯太が声をかけ大きく手を振った。
さっきの発言に特に深い意味は無さそうなテンションだが、変な汗が額から頬へと伝っているのがわかる。
ダメだ。考えるな無になれ。颯太に心を読まれてしまう。
「わ、わかった! じゃあな!」
俺はなるべく自然に振る舞うよう精一杯の笑顔を浮かべ、颯太に手を振り返し自分の帰路を進んだ。
ある程度進むと、疲れからか力が抜け近くの壁に寄りかかった。
……あちぃ……秋のくせになんだよこの暑さ……
空を見上げると、日が落ちるのがだいぶ早くなっていてもう暗くなってきている。
空に浮かぶ沢山の豆粒のような星が俺を嘲るように見ている気がして、心臓を鷲掴みされたように苦しくなり胸を強く掴んだ。
俺は人一倍愛に飢えていた。
そのくせ、特定の人物に深いれするのが怖くていつも軽い気持ちでいろんな人に振舞っていた。
告白されても付き合うのが怖くて、捨てられるのが怖くて、いつもおどけて断っていた。
彼女欲しいとか言っときながら告白もしなければ告白を受け入れようとしないなんて矛盾してるだろ。
先生にあんな本気で求められてこの人なら俺を捨てないでずっと見てくれるんじゃないかって真面目に思った。
だから、身を委ねてしまった。
俺の本能がこいつなら大丈夫だって言っていた。男でも女でも関係なく、月島優作という人物なら大丈夫と。
「こんなの……ただのエゴだ」
何の努力なしに誰かに何かを求める自分の愚かさを呪いたくなった。
こんな俺にあいつを与えてくださる神も相当甘ったるいな。
「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思へば」
……なーんてな。
よしっ。病み期終わり! かーえろ!
俺は気持ちを切り替えるため頬を両手で超絶軽く叩き、再び帰り道を歩き出した。
真上にはいつの間にか孤独に輝く満月が浮かんでいた。
最初のコメントを投稿しよう!