7時間目

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7時間目

……気まずい。 俺から引き止めたが、特に話すことなんてない。しかも、正直この人とは中学の時に授業や補習で多少関わったくらいだ。 休み時間は女の子に囲まれてて話す隙なんてないし、まず話す気なんてさらさらなかった。 でも、授業の時とかは割と喋ったかも。 ……どうやって喋ってたっけ? 俺はバカの頭を働かせ、次にやるべき事を考えたがなかなか思いつかない。 お願い。働いて俺の頭! 給料アップさせるから! 黙々とケーキを食べる俺。 それを黙って見つめる先生。 とてつもなく気まずい!(2回目) なんか、なんか話題は…… 「……さっきまで風呂入ってたのか?」 最初にこの沈黙を破ったのは意外にも先生だった。 「なんで?」 会話のきっかけを作ってくれたことに安堵しながらも返事をした。 「髪濡れてる」 「乾かすの忘れてた」 風呂入ってたら急に呼び鈴がなったため、髪の毛を乾かさずそのままでいてしまっていた。 だいぶ乾いてきたけど。 「乾かしてやるよ」 先生は俺が風呂に入る前に用意しといたドライヤーを手に取り胡座をかいた。 「あ……あぁ、うん。ありがと」 「ほれ」 前に座るように促され先生の前に背を向けて正座して座った。 何かしこまってんだよ!? 緊張してるのか肩は上がりガチガチに固まっている。 その様はまるで高校入試の面接の時みたいだ。 面接は人間がやるもんじゃない。心臓が喉からオエッて出そうになったもん。 先生はそんな俺を他所にドライヤーをかけ、手ぐしで梳かしていく。 「お前、意外とくせっ毛?」 髪が乾いてきて、ぴょんとはねた髪をクルクル回して遊び出した。 いつもはめちゃくちゃ丁寧に髪セットにしてるからストレートと思われがちだが、俺は少々くせっ毛である。 「気にしてるから言うなし」 「すまんすまん」 俺がわざと低いトーンで言うと軽く謝り、遊ぶのをやめて乾かし始めた。 この髪ギャップ萌えとかに使えねぇかなぁ。 女の子達にくせっ毛の隼人くん可愛いっ! とかなんねぇかなぁ! 「くせっ毛もぴょこぴょこしてて可愛いと思うけどなぁ」 「お前にその言葉を求めてねぇよ!」 「へ?」 俺は前を見たまま狼が唸るように歯を立たせた。 まぁ、巨人の先生から見たら小型犬でしかないと思うけどよ! 身長わけろや! 場の雰囲気がだいぶ柔らかくなってきたところで俺は先生にどうしても確認したい事があった。 「なぁ、なんであんな事したの……その、補習の時の……」 さっきの告白が気のせいだったのか、はたまた俺の妄想だったのか現実だったのかをハッキリさせておきたかった。 髪の毛が乾いたため、先生の手が止まりドライヤーを切ってコンセントを綺麗にまとめた。 「言わなかったっけ? お前が好きだって」 ドライヤーを床に置く動作を終えてから特に恥じらう様子もなく淡々と告げた。 だが、こいつの声質のせいなのかどこかその言葉が重く感じる。 それか、俺が勝手にそう思いたいだけなのかもだけどな。 「俺のことが?」 「ああ」 予想通りの回答に特別驚く訳でもなく、背を向けていた先生の方を振り向きただ真っ直ぐ目を見つめた。 内心、妄想でも気のせいでもなかったことに喜びを感じていたが表情には出さないでいた。 そんな俺を先生は目を逸らそうともせずじっと見つめ返してくる。 「じゃあさ」 全体重を先生にかけて床に押し倒した。 不意に倒されては先生も自分の身体を支えることが出来ず、いとも簡単に倒れてくれた。 「もっかいやろ」 「……は?」 予想外の言葉に先生は目を白黒させている。 俺が前から見たかった慌てふためく顔ではなかったが間抜け面で目をぱちぱちさせてやがる。 「だーかーら、やろーよ! 補習のときみたいに!」 「いいのか?」 「おう!」 返事をすると、身体が持ち上がり今度は俺が下になった。 だんだんと顔が近づき、目を閉じた。 「…………」 いつまで経っても俺の求めていた感触がなく、目を開くと先生が少し微笑んだ。 なぜかその微笑みからは感情が読み取れない。 「せ、先生?」 「やっぱ、やめた」 「へ……?」 興醒めたかのように言い放たれ、微かに焦りを感じた。 「気分的にそういう気分じゃない」 「ちょ……!?」 「今日は帰る」 「ま、まって!」 立ち上がろうとする先生の服の袖を咄嗟に掴んでしまった。 このまま帰すとなんか俺が振られたみたいな感じになってるし! とか思うようにしているが実際のところ自分が捨てられるような気がして不安で仕方なかった。 「い……いいい、い、行くなよ……」 「ーー!?」 目を見開き、俺の顔をまじまじと見つめてきた。色んな感情が込み上がってきて顔に熱がこもるのを感じる。 恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたいがそれでも手を離さなかった。 これはただの意地なのかそれとも…… 「お前でも、そんな事言うんだ」 先生は心底幸せそうな笑みを浮かべた。そして、俺と目線を合わすようにしゃがみ、顔を近づけ唇が触れ合って舌が絡まる。 補習の時のような貪るキスではなく優しく落ち着くキスだった。 「ふぁっ……ふっ……んっ……」 それでも、結構息苦しい。 でも、嫌じゃない。 「おま……き……か?」 唇が離れ、力が抜け頭が働かない状態になると先生が小さな声で何か言った気がした。 「……どした……?」 軽く息を整えながら聞くと、先生は優しく微笑んだ。 「いや、なんでもない」 「そう? あ、ねぇ、もう夜遅いし今日泊まってけばいいじゃん」 そこまで気にならなかった俺は話題を切りかえ普段のやり取りと変わらない調子で軽く言った。 恋愛として好きかそうじゃないかなんてわからない。恋愛なんてしたことないし。 だけど、この人と一緒にいたかった。 「帰るよ、親御さんに迷惑かかるだろうし」 「……俺一人暮らしなんだけど?」 「あ、そうだった……すまない……」 少し焦りを滲ませた先生が恭しく謝り、俺は慌てて手を前で振った。 「大丈夫大丈夫! 気にしてないから!」 俺の言葉を聞き、安心したのかすっかりいつもの表情になり顎に手を当て考えるような仕草をした。 期待を込めた眼差しでじっと先生を見つめていると、堪忍したかのように軽くため息を吐いた。 「……わかった。今日だけな?」 「やったっ!」 俺が喜びの声を上げるとお爺ちゃんが元気に遊んでる孫を眺めてるような目で俺の方を見てきて急に恥ずかしくなった。 「な、なんだよ!?」 「いや、可愛いなと思って。あ、シャワー借りるな」 「ーー!? ど、どどどどーぞっ!」 不意の「可愛い」に顔が噴火しそうになるくらい熱くなった。 ダメだ……平常心平常心。取り乱すなよ……ってもう遅いか。 先生がシャワー室に入り、シャワーを浴びてる音が聞こえたのを確認すると、俺は自分の服の中で1番大きいやつを選び手に取り脱衣所に入った。 「これ、俺の服とズボンだけど、大きいし、入ると思うから置いとくな。あと、新品の下着も」 「ああ、ありがと」 「おう」 俺は脱衣所から出るとベッドにうつ伏せでダイブする。 そして、さっきまで行き場のなかった気持ちを全て吐き出すように枕に向かって声にならない叫びを上げた。 「んーっ!」 息が続く限り叫び続け、窒息寸前になったところで枕から顔を離した。 あー……なんだろ、この気持ち。 胸がドキドキする。 なんでだよ、なんでよりによってあいつにドキドキしてんだよ。 てか、俺ってホモだったのか? いやでも! 俺は女の子の柔肌が大好きであって決して男の厳つい手に抱かれたいとは思わないし! それなのに……今日の俺の行動が理解出来なさすぎる。 欲望に抗えないっていうか……あいつが好き……じゃないし! 断じて! ごちゃごちゃになった頭を整理したくて再び枕に顔うずくめ、プールで泳ぐかのようにバタ足をした。 「あ、あの、シャワー……ありがと」 いつの間にか出ていた先生の声に驚き飛び起きると、物凄く変な物を見るような目で見ていた。 その目は今日、颯太が俺のことを虫けらを見るような目で見ていたのと近い。 虫バカにすんなよ! 虫だってな逞しく生きてんだよ! 俺は嫌いだけど! 俺は虫をリスペクトしてるぞという念を込めて睨むと、先生はパッと視線をずらした。 「うぉい!」 「いや、危ない奴いるなって思って」 「これは、その……枕の繊維を数えてたんだよ!」 「よし。じゃあ、明日も学校で早いから寝るぞ」 俺の言い訳を無視し、電気のスイッチをオフにして床の上に寝転がった。 虫は無視しろってか? よく小学校の頃の先生が言ってたな。あの時はそれだけで笑えるくらい純粋だったよ。 「そこの虫のように転がってる先生さん。風邪ひくからこっち来いよ」 「虫ってなんだよ虫って。やだよ。お前くらいがもう1人だったらいいかもだけど俺が入ると狭いし」 自分の図体の大きさを気にしてくださってるのか、図体の小さい俺からしたら喧嘩を売られてるようなものだった。 こんにゃろ……早く腰が曲がって背が縮めばいいのに……ついでに禿げろ。 「狭くて悪かったな! んじゃ、俺が床で寝るから! お前1人なら余裕だろ!」 「気使わなくていい」 「だって、俺が無理矢理引き止めちゃったから……!」 「ったく……」 お互い引かない言い合いに先生が折れてくれたような雰囲気だった。暗くて表情は見えず、一言だけだったが困ったような呆れたような声色だ。 きっと眉でも下げて苦笑いを浮かべてるに違いない。 なんだかんだ言ってこいつも大人だよなぁ。無駄な争いを引き伸ばさないあたりとか。 「もう少し奥いけ。俺もここで寝るから」 「うんっ!」 俺はできる限り身をベッドの端に寄せ、先生が来るのを待った。 ベッドの軋む音がして、先生が入ってくるのがわかる。 自分から言っといてなんだが、めちゃくちゃドキドキする! 俺臭くないかな!? 加齢臭の匂いとかしてねぇかな!? 俺が自分の体臭を気にしていると強い力で引き寄せられた。 「やっぱ、ガキはあったかいな」 すぐ近くで先生の声がして、抱きしめられてるんだと理解した。 「が、ガキじゃねぇし、俺エリートな大人だし?」 内心のドキドキを隠し平常心を装いながら反論した。 どちらのとも言えない心臓が大きく、そして速く脈を打っているのがわかる。 くっそぉ……こいつの彼女になるやつとか相当心臓強いやつじゃねぇと無理だろ。 ……あ、そういえば。 「あのさ、今日先生と話してたキレイな女の人だれ?」 ふと、今日の女の子達の騒ぎを思い出して、聞いてみた。 先生はピンと来なかったのか少しの沈黙が流れ、「あー」と声を上げた。 「あれは、俺の元カノ。よりを戻そうって言いにわざわざ来たんだよ」 その言葉に胸がチクッとした。 先生、前まで彼女いたんだ……じゃあ、キスとかも全部初めてじゃないんだよな…… 女々しいとは思ったが、前の恋人の存在を知ってしまうと妬いてしまうものだ。 別に付き合ってねぇし! 俺気持ちわりぃ! 何も気にするなぁ。こいつが誰と付き合おうがこいつの勝手だぁ。 「よりを戻すの?」 俺は心の中で気にしてはいけないと思っていてもやはり気になるもので、1番聞きたかったことを口にした。 「そんなわけないだろ。あの時キッパリ断わった」 そうなんだ。 「よかった」 言うべき言葉と心の中で留めておくべき言葉がごちゃ混ぜになり、つい逆の言葉が出てしまった。 あ、待て。これは霧矢隼人終了のお知らせ的な? 「ん?」 「あ、いや、クラスの四日田(よかた)義雄(よしお)ってカッコイイよなぁって言おうとした」 「そんな奴いないし、なんで今なんだよ?」 「あ、あははっ」 愛想笑いをしながらも焦りと戸惑いで頭の中はフル回転中。 俺の頭の中さん残業お疲れ様です! あー、こいつのせいでかっこ悪い俺ばっかり引き出されていくような気がする。 「俺も質問していいか?」 「ん? いいよ?」 ふざけていたムードからいきなり真剣な声色で聞かれ少し身構えた。 「お前なんでここの学校に来たんだ?」 「うーん。細かく知りたい?」 「……ある程度は」 先生が遠慮がちに答えた。 転校してきた理由となると親の死が関わってくるって先生自身も想像できたんだろうな。 俺は気まづくならないようにわざと軽く話し始めた。 「俺さ、家の人達から女にダラしないって言われて元は男子校に入れられてたんだ。だから、毒親が死んでからチャンスだと思って共学であるここに転校したわけ。お金は叔父が送ってくれてる」 「毒親……チャンスって……」 先生の言葉が詰まった。 今だけ先生の顔が見えなくてよかったと心から思ってる。 絶対、引いたんだろうな。 親が死んだって言うのにそれをチャンスとして捉える子供はどこにいるのだろうか? きっと、数は少ないと思うな。 でも、あんな奴親でもなんでもねぇ…… 父親は酒浸りにニート生活に暴力。 母親は男好きの股が緩い女。 そんな2人を見てきた完成形がこの俺だ。 それなのに、女遊びはするなって2人に言われる始末。遊んでねぇのに。 おおかた、妊娠させたりしたら困るからとかそういう理由なんだろうけど。 『隼人! あんたって子は……!』 『ふざけんな! なんでお前なんか……!』 頭の中で2人の叫び声が聞こえる。 いや、2人だけじゃない。婆ちゃんも爺ちゃんも、叔父も叔母もみーんな俺を疎んだ。 帰り道に見た星、俺を嘲るように見えた星はこの人達を重ねてそう見えてたのかもしれない。 「……なんで俺ばっかり……」 「…………」 小声で呟くと、無言で頭に手を乗せられた。 その瞬間不安とか怒りとかそういう負の感情が一気に晴れ、暗闇の中に放り込まれていた俺の心が少しだけ明かりが灯った。 「……先生?」 「補習の時も言ったけどお前ほんとすげぇな……なにがあったかはわからないが、辛いことがあったんだよな。そうじゃなきゃ、お前が人を悪くいうなんて有り得ないし」 落ち着きの中に優しさが混ざった声で俺の心を見透かしたかのように慰めてくれた。 そんなこと言われると……涙腺が…… 「せ、先生は俺を信じてくれるの?」 「当たり前だ。それと、中学の時気づいてやれなくて……すまなかった!」 「いや! いいよ! 気づかれないようにしてたし!」 さっきまでとは違い、力強い声色で謝られ今度は焦りが生じた。 出かけていた涙がスっと引っ込んでいくのも感じた。 「……隼人、これからはもっと俺を頼ってくれ。お前を守らせてくれ」 コロコロと変わる先生の声色に振り回されながらもそれくらい俺の事を考えてくれてるんだと思うと口元が緩む。 あぁ。やっぱりこの人なのかもしれない。 俺の太陽は。 「おう。守ってくれよ? 先生?」 「ははっ♪ あぁ」 煽るように聞くと先生が返事をし、先生の吐息が耳にあたった。 くすぐったいなぁ…… 「愛してる」 「なっ……!?」 不意に耳元で囁かれ顔が熱くなる。 今熱測れば絶対40度くらいあるだろ。 今のはずるいだろ! 反則だろ! そんなイケメンだから元カノにもより戻そうって言われるんだよ! このお花畑頭! 言いたいことが山ほどありすぎて餌待ちの鯉のように口をパクパクさせることしかできなかった。 しばらくしたら頭上から気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。 「こいつもかなりマイペースだよなぁ…………おやすみ……さっくー」 俺は女子にしかときめかないはずだったが、先生との会話で気づかないうちに少しだけ先生にもときめいてしまっていた。 きっと明日の夜も変わらず月は太陽に照らされ輝くのだろう。
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