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9時間目
「あ、隼人っ! おはよう」
「おはよ! 待ったか?」
「ううん」
俺がつく頃には別れ道の場所には颯太が既に待っていた。
俺は、あまり道には迷わずに来れて密かに感動していた。※決して全く迷ってないとは言ってない。
リア充がデートで待ち合わせしてた時のような会話をして、お互いの顔を見合わせ笑いあった。
颯太が女だったらよかったのに……なんて言っちゃあ失礼だな。
「じゃ、行こっ?」
「おう!」
颯太に促され、昨日同様たわいない話をしながら俺達は歩く。
まだ転校してから2日目。颯太と会うのも2回目。なのに、ここまで仲良くなれるとは……
颯太の人懐っこさというかコミュ力の高さには素直に尊敬した。
学校の門をくぐると、女の子達が俺(達)を見て黄色い歓声を上げている。
転校初日から続くアイドルのような扱いにめちゃくちゃご満悦だ。
まっ、こんなの慣れっ子だけどぉ?
「おーい。隼人さーん。鼻の下伸びてますよー?」
颯太は前を見たまま通る人達に聞こえるようわざとらしく大声で言い、すぐ様自分の口元を抑えた。
「ほみへないひ」
「なんて言ってるかわかんねぇよ」
愉快そうに颯太は笑いながら、俺の顔を覗き込んでくる。
なんで俺の周りには俺に敬意を払って優しくしてくれる人がいないのかなぁ!?
「それにしても、お前がいるとさらに煩くなるな」
颯太は俺から視線を外し周りを見渡しながら苦笑を浮かべた。
俺も颯太と同じ様に周りを見渡すと、ほとんどの女の子達がチラチラと俺達の方を見ている。
「いいじゃんかよ? お前も気分いいだろ?」
「まぁな」
俺が冗談交じりに言うと颯太は素直に答え、はにかんだ。
でも、まぁ、こういうのも今だけだろ。こういうのは見飽きればいずれおさまる。
俺も毎年冬頃になる時にはあまりキャーキャー言われなくなって泣いてるし。
年が明けて学年が上がれば新入生がキャーキャー言ってくれるから生き返れるけどな。
女の子達の熱い視線の中俺達は校舎に入り、階段を昇って教室についた。
席に荷物を置くと廊下から耳が劈くような悲鳴が聞こえてくる。
普通の人なら慌てふためき様子を確認するが、何が起こってるのかなんとなく想像がつく。
イケメン先生のご登場か。
なーんで、あいつはいつまで経っても人気なんだろうな。俺は昨日の1日だけで見飽きたけどよ。
俺の想像通り優作先生が女子の長蛇の列を率いて教室を横切った。
それを横目で見たが、あいつは俺に気がついてないらしくそのまま素通りして行きやがる。
ちょっとはこっち見ろよ……お花畑頭野郎……っ。
って、何残念がってんだよ!
昨日に引き続き女々しい事を考えてしまい恥ずかしさと気持ち悪さに悶絶しそうになった。
「お前でもあの人に敵わないんだな」
俺が先生を見てたことに気がついたのか不意に颯太が話しかけてきた。
「敵うし!」
憐れむような目で見られ、悔しさで目から血の涙が出てきそうだ。
俺の背があと、10cm高ければあいつなんかより……!
そう後悔しても幼い頃に筋肉をつけすぎてしまったため身長がなかなか伸びず実はもうこれが限界。認めたくないけど。
「でもさでもさ! 颯太ちんはあいつより僕ちんの方が好きだよね?」
俺が超絶可愛らしく颯太に縋るように聞くと、颯太の顔が一瞬で真顔になった。いや、無の顔?
とにかく感情が読み取れない表情。
「ない。キモいし。まず誰だよ」
「……ツンデレ?」
氷のような冷たい言葉で返してきたため、わざとらしく上目遣いで聞いた。
知ってるよ? そんな事言って本当は俺のことが大好きなくせにっ。照れなくていいんだよ? 照れなくてっ。
という気持ちを伝えるためにキュルンという効果音がつきそうなくらい可愛らしく颯太を見た。
目は口ほどに物を言うって言うしな。
だが、いつまで経っても颯太からの返事がない。相変わらず無の表情で俺の目を見ていた。
さっきよりも颯太の周りの空気が冷たくなってきてるのは気のせいだろうか?
「ちょっ、ごめんって! なんか言って?」
流石に焦りを感じた俺は慌てて謝るが、颯太の表情は変わらず、口は閉じたまま。
「…………」
「颯太ぁぁあああっ!!」
それきり颯太は喋らず、ただただ氷からドライアイスに進化した冷たい視線で見てきた。
今日もまだ暑いのに、颯太の周りだけ北極のように冷たい。
今の颯太なら北極にいるホッキョクグマさんの役に立てそう。手から氷出して海を凍らせるとか。
『ーーふざけないでっ!』
「は、はいっ!?」
急に女の子の怒鳴り声が聞こえ、自分のことを言われたと思い反射的に返事してしまった。
あ、あら? 隣のクラスからか?
周りを見ても女の子は誰もいず、俺の事ではなさそうで安堵のため息をこぼした。
でも、この時間帯にクラスに1人も女の子がいないなんて……事件の予感がする。
朝のSHRまで残り3、4分。そろそろみんな来ていてもいはずだ。
それに、男子がいるのに女の子だけが来ていない。
この“女の子なかなか来ないよ悲しいな事件”、絶対に優作先生が絡んでるだろう。
この迷探偵……じゃなくて名探偵隼人の推理に狂いなし。
まぁ、確認のために颯太に聞くか。颯太なら何かしら知ってるだろう。
「なぁ颯太。女の子達まだ来てないのと、さっきの怒鳴り声、何があったんだろ?」
俺が颯太に聞くと妙に納得したような、何かを思い出したかのような顔をした。
「そういや、お前転校生だっけな。これはよくある事だ。今に慣れるだろ」
「……慣れる?」
よくある事、か。
なんとなく自分の推理があながち間違っていないことがわかったが、頻繁にこれって男子達はどんな気持ちなんだろうな。
「行ってみるか」
「お、おう」
颯太に促され隣のクラスに向かい、バレないように覗いた。
「ーーねぇあんた、ちょっと可愛いからって調子に乗んないで」
「ーーさっくーはみんなのものなの」
「ーーあんたなんかに釣り合うわけないっちゅーの」
隣のクラスにはかなりの人数の女子生徒が集まっていて、1人の美女が責め立てられていた。
大勢の女の子達はこの学年の子達以外にも上もいれば下もいて下手すればこの学校の女子生徒の7割はいるんじゃないかと思えるくらい沢山いた。
対する責められてる美女は服装はここの制服じゃなく、スーツだが顔が幼く学生でもおかしくないくらいだ。
2年2組の男子生徒は女の子達がよほど怖いのか教室の隅の席に座って教科書を読んでいる。
わかるよその気持ち。俺も今めちゃくちゃ川端さんの眠れる美女を読みたい気分。
それよりも、あの可愛い子どこかで見たことあるような……ま、まぁ今はいい。
ーーとにかく助けねぇと!
「おいっ……んぐっ!?」
「やめとけ」
俺が止めに入ろうとしたら、颯太に手で口を塞がられ遮られた。
俺は水浴びの後の犬のように首を激しく振ると、どうにか手は外れた。
「あんなのおかしいだろ! 1人に寄ってたかって!」
この状況に納得のいかない俺は教室の中の人には聞こえないように訴えた。
が、颯太は首を横に振るばかり。
「だけどな! 俺達が入ったらややこしくなるだけだ。女の世界は怖いんだよ」
颯太は俺よりも長くこの学校にいるからいろいろ見てきてわかっているんだろう。
おおかた、抜け駆けして先生に告白しようとした奴を女の子達は潰そうとしてるんだろうな。
だが、この学校のことは知らなくても先生といる時間は颯太達よりも長いからそういうのは中学で何回も見たことがある。
男が出ても何も解決がしない。ややこしくなるだけかもしれない。
でもーー。
「それでもかわい子ちゃんを守りたい!」
そして、お礼に頭を撫でてもらいたい!
叫び声に近い大声を上げ、教室に乗り込んだ。
視界の端に見えた颯太の顔は呆れたような、でも嬉しそうな変な顔をしていた。
「ーーあのバカ、下心が丸見えだ」
颯太かボソッと呟いたが、俺には全くこれっぽっちも聞こえなかった。
割とガチで。聞いてないふりじゃねぇよ? まじまじ。
いやぁ、最近難聴でさ。イヤホン付けてばっかいるからかなぁ。
この年で難聴とか困っちゃうわぁ。老後が心配……あ、老後って言えば、この間……
「早く進めろ」
はい。
俺が心の中で語っていると颯太が冷たくハッキリ言い放ち素直に聞きいれた。怖いなぁ怖いなぁ。
「なによあんた!」
「あ、霧矢隼人くんじゃないの!? 転校してきた!」
女子の集団は俺を睨む人もいれば、目を輝かせて見てる人もいたりとあまりまとまりがなかった。
チッチッチッ。こんなんじゃ、集団行動で世界1取れねぇぞ? あ? 目指してない? なんか、すんません。
兎にも角にも俺は所詮下心満載の偽善者。この美女を助けようと思っても、相手が女の子だとどうも調子が乗らない。これだから女の子との喧嘩は極力したくない。
俺はなるべく真剣な面持ちで美女を庇うように前に出て優しく宥めるように言った。
「この子を虐めないでもらえるかな?」
真ん中にいる子が想像してなかったであろう俺(男子)の登場に若干怯みながらも丸く大きな目を細め言った。
「な、なんでそいつを庇うのよ!」
なんでって聞かれてもなぁ、イジメを助けるのに理由なんて欲しいのかな。
そんな事を思いながら俺は俺らしい理由を口にした。
「正義のヒーローだから」
「なっ!? ふざけないでっ!」
俺の答えについに堪忍袋の緒が切れたのであろう女の子が声を荒らげる。
「ーーふざけてんのはてめぇらだろ」
俺でもびっくりするほど低く冷たい声に女の子達が後ずさりした。
昔からイジメとか嫌いだった俺は熱くなるとキャラも何もかも忘れてガチになってしまう。
幼い頃から家の人達からイジメられてた……というか、それに近い仕打ちを受けていた俺にとってどんな理由であろうとも複数人対1人の状況を見ると自分と重ねて見え、許せない気持ちになってしまう。
だけど、メンタルが弱い俺は自分の正義よりも嫌われる事を恐れこんな風にガチになってしまった後、おどけて無理矢理空気を変えようとする。
現に今も自分の発言を後悔しどうやってこの空気を変えようか考えていた。
「何があったかわからないけど。さっくーを好きになるのは辞めた方がいいぜ?」
バカな頭で考え抜いた結果がこれだ。
俺は精一杯の愛想笑いを浮かべおどけて見せた。
争いが止まないようだったら、争いの原因を無くせばいい。
つまりここで先生が周りから嫌われれば、争いはなくなり女の子達は必然的に俺の方へと流れてくる。まさに一石二鳥!
「あんたに、何がわかるって言うのよ」
先生をバカにされて地獄の底から怒りが込み上げたような声で聞いてきた。
女の子とは思えないほど低く恐ろしい声だ。
それに対して俺は待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを見せ口を開いた。
「教えてやるよ。俺は中学の頃まであいつに教わってた」
周りは唾を飲み込み、俺の次の言葉を待っている。
俺は注目を集めたのを確認すると小さく息を吸った。
「あいつはな優しそうな仮面をかぶってるが、本当はくそ性格が悪い。それに、すぐ暴力を振るう。あとは……いだっ!?」
俺が先生のことを心を込めて熱弁していたら頭上に隕石が降ってきたかのような衝撃が走った。
俺の頭を触っていいのは可愛い女の子だけだ!
「なにすんだよ!?」
俺が横を見ると恐ろしく笑顔な先生が立っていた。それはもう、颯太の冷たい笑顔とはまた別のジャンルの恐ろしさ。
あまりの怖さに身体がブルッと震えた。
「ほ、ほらみろ! 体罰! 暴力反対!」
俺は負けじと震える声を張り訴えると、先生の手が優しく俺の右頬に触れた。
な、なんだよ……?
俺の本能は何を期待してるのか心臓が大きく跳ねる。
ーーそして。
「どの口が言う。これか?」
「いでででででで! ほめんなはい!」
俺の淡い期待は打ち砕かれ右頬を抓られて降参の意を示すしかできなかった。
やっぱりこうなりますよねぇ!
先生がパッと手を離すと、大袈裟に痛みを訴えるためすぐに頬をさすった。
俺の美しいお顔がぁ! ごめんよぉ……ほっぺた2号。
『あはははははっ!』
俺達の芸のような行動にさっきまで怖い顔をしていた女の子達が一斉に笑いだした。
う、ウケた?
笑いを取ろうとは思わなかったが、笑ってくれたなら円満解決に進むだろう。
取り敢えずのところは一件落着になりそうか?
「あははっ! さっくーのレアな行動見れたからいっか」
「そうだね!」
女の子達が満足そうな表情でぞろぞろと各自の教室に戻って行った。
やっぱ、結局さっくーかよ!? 俺は!? 俺の正義感溢れる行動には褒めてくれねぇの!?
それに今気づいたんだけど、1日でさっくー呼びが拡散してるし。
恐るべし……ネット社会(適当)。
顎に手を当てこくこく頷いていると、後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。
「ーー隼人くんありがとうね」
その声を聞き振り向くと美女が頭を下げている。
は、隼人って言った! 隼人って言ったよ!
美女に名前を呼ばれテンションが上がった俺はいつもの調子で笑顔を浮かべ頭をかいた。
「あははっ、いいよいいよ!」
俺の言葉で美女は顔を上げ、今度は先生の方を向く。
「優くんもありがとう」
「俺はなんもしてねぇよ」
ん? ……優くん?
親しげな呼び名に何かが引っかかった。
俺だけではなく、2年2組の女の子達も海で泳いでいる魚のようにギョッとした顔をしている。魚だけに。
……よし、これで温暖化防止に貢献したぞ。お疲れ様でーす!
チラッと先生と美女を見ると2人とも照れくさいのかどこかぎこちない雰囲気をまとっている。
この光景どこかで見たような……確か……あっ!
「先生のもと……んぐっ!?」
俺が言葉を発しようとしたら先生に手で口を塞がれ遮られた。
颯太もこいつも最後まで言わせろよ! 手舐めんぞゴラァ!
「ん? どうしたの?」
「なんでもない」
異様な光景に美女は不思議そうに尋ねるが、先生は素っ気なく答える。
なんだよこいつ! やましいことでもあんのか!?
全力で先生を睨むと、そっと顔が耳元に近づいた。
「余計な事は喋るなよ。もしこれ以上言うようなら後で覚えてろよ」
ヤクザの脅迫のような言葉といつもより低い声色にサーっと血の気が引き俺は必死に頷いた。
それからすぐに手は離れたが植え付けられた恐怖は離れない。
し、死ぬかと思った……あいつ絶対過去に6人、いや、600人は殺してんぞ……
「顔真っ青だけど、大丈夫?」
美女が俺の変化に気づき、気を使ってくれて顔を覗き込んでくる。
「だ、大丈夫っすよーっ! 俺元から青いんで!」
「そ、そう?」
パニックになって変な言葉を口走り美女が軽く引いているのがわかった。
言葉の選択ミスううう!
これじゃあ、あの某人気アニメの青いロボットのレッテルを貼られちゃうよ!
俺が頭を抱え悶えていると、先生が教室の出入口へと向かった。
「それじゃあ、俺達は行くから」
混乱状態の俺に先生は淡々と言い、颯爽と教室から出ていく。
あまりの優雅さに2年2組の女の子達がほぉっとため息を吐いていた。
……ふっ……俺が出ていく時はキャー行かないでーってなるんだろうな。
「おう。じゃあな」
俺が返事をすると、美女が一礼し微笑んで先生の所へと小走りで行った。
その仕草に今度は男子達がほぉっとため息を吐いた。もちろん俺も。
かわええ……なんで別れたんだろ……
「青い人おつかれー」
影で見守っていた颯太がポンッと俺の肩を叩いた。
颯太の登場によってごちゃ混ぜになった感情が蛇口を捻った水のようにとめどなく出てきた。
その感情のほとんどが負の感情であるため、この後起こることは察して頂きたい。
「青い人じゃねぇし! ばーか! 颯太のあんぽんたん!」
ものすごく迷惑な野郎だと思うが颯太に全てぶつけた。
これぞまさしく八つ当たり。
美女の名前聞けなかったし、絶対変なレッテル貼られたし、先生に殴られたし、怖かったし、最悪! 俺いいことしたのになんでよ!
「うるさくしてすみませんでした」
俺の変わりように2年2組の全員が呆気にとられていて、それに気づいた颯太は礼儀正しく頭を下げた。
「颯太聞いてんのか! ゴラァ! やんのか!」
颯太は俺の言葉を無視し、言う事を聞かない犬を引きずように俺の襟を掴んでそのまま退場した。
首しまる首しまる! 殺す気かよ!?
こうして、俺の勇姿溢れる朝の行いは颯太による強制退場で幕を下ろした。
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