1時間目

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千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは てな感じで、秋がやって来ました。 秋と言ってもみんながイメージしてるような涼しくなってきて女の子達の服装が半袖やら長袖やらで選り取りみどりって訳でもなく猛暑が続いている。 地球温暖化コノヤロウ。はやくかわい子ちゃんの萌え袖見せろや。 ま、それは置いといて、突然ですが俺はこの秋から千早(ちはや)高校に転校します。はい拍手! いえーい! 「うおおっ! さっすが、共学! 可愛い女の子いっぱい居るぅ!」 俺は校舎の前で挙動不審のように辺りを見回した。 半袖のワイシャツを着て紺色のチェックのスカートを履いた女の子達が沢山いて、ごく稀にワイシャツ姿の男子も通ったりしている。 そう言えば、自己紹介がまだだったな。 俺の名前は霧矢(きりや)隼人(はやと)。高校2年生。 好きなのは、可愛い女の子と本かな? 憧れてる人は在原(ありはらの)業平(なりひら)パイセン。 さっきの百人一首もその人の詩(うた)である! 親が他界したのをきっかけに、全てをリセットしようという理由で新しい高校に入り、新しい人生を真面目に歩んで、女の子達と遊びまくろうと思ってこの決断に至ったんだ。 「ーーなにあの人! かっこいいっ」 「ーー見かけない顔だよね?」 「ーー声掛けちゃう?」 歩いている女子生徒がチラチラとこちらを見ながらそんなことを話している。 ふへへっ♪ 俺かっこいいってよっ。 嬉しさのあまり、ニヤけが止まらない。 俺は自分がカッコイイことは小学校の時から知ってる。 よく告白されるし、かっこいいって言われるし。 だけど、なぜか彼女いない歴=年齢。 これが、霧矢隼人の人間伝説。 モテんのになんで彼女が出来ねぇんだろ。 そうして、女の子達の熱い視線を受け止めながらクールビューティに歩き校舎の中へと入った。 男子の嫉妬の眼差しは全て受け流した。 校舎の中には1人のいかにもカツラをかぶってる、というか若干ズレててかぶりきれていない先生が俺を出迎えてくれた。 ……時には自分を偽ることも大切だよな。うん。 「どうも。校長の鈴木(すずき)信介(しんすけ)です。ようこそ我が高校へ」 「っす! こちらこそ、よろしくお願いします」 丁寧にお辞儀をすると、校長は職員室まで案内してくれた。 カツラが途中で落ちるんじゃないかってヒヤヒヤしながら後ろをついていったが、なんとか無事だ。 職員室に入ると、校長は困った顔をして額に手を当てカツラが大きく後ろにずれた。 危ない危ない! 「ど、どうしたっすか?」 「あぁ、君の担任の月島(つきしま)先生が遅刻するそうなんだ。だからどうしようか……」 あ、なんだ。カツラをつけ直してくれって頼まれるかと思ったよ。 「あーね! 大丈夫ですよ。教室の場所さえ教えてくれればなんとかなります」 俺はガッツポーズをしながら言うと、職員室が笑いに溢れた。 特に面白いことを言ったつもりはなかったが、まぁ、いっか。 「こう見えて俺、キャラはいいと思うんで!」 俺は調子に乗ってボディビルダーのようなポーズを何回かとると更に笑いが巻き起こった。 これで、俺のキャラは安定すっかな? 俺は生まれた時からずっといじられキャラだ。それはもう弄られる星の下に生まれてきたんじゃないかってくらい。 別段弄られるのが好きとかそういう性癖を持ってるわけではないが、この方がみんなから構ってもらえて居心地がいい。 「ははっ! 転校生くん面白いな!」 「君なら、優作先生より人気が出るかもね~っ」 「イケメンだし?」 次々と思ったことを口にする先生方の言葉にひとつのワードに引っかかった。 ついでに言うとイケメンという言葉にも反応したから厳密に言うとふたつ。やはり、老若男女問わず俺の魅力がわかってしまうのか。罪な男だぜ。 まぁ、それはいいとして。 「優作先生? ですか?」 俺が聞き返すと、近くにいた女の先生が笑顔で頷き、少し頬を赤く染めた。 この表情は好きな芸能人を考えてる時や好きな人を思ってる時の表情だ。 「優作先生はこの学校1番のイケメンって言われてて、今日もわざわざ会いに職員室に来た女子生徒がみんな悲しそうな顔をしてたくらいよ。私もまだ来てらっしゃらなくて寂しいわぁ」 「そうなんすか!」 イケメン。優作。それにカツラン(校長)が月島って言ってたな。 このワードだけで、俺の中に1人の人物が思い浮かんだ。 い、いやいや。あいつはここにはいないだろ。 ……待て。このフリはまずいな。主人公がこう考える話は大概その人物出てきちゃうし。 あーもー! 考えるな! これから起こる輝かしい未来の事だけを考えよう! 俺は思考を吹き飛ばすように頭を振った。 そして、おどけた笑顔を向け大きく息を吸った。 「申し遅れました。俺の名前は霧矢隼人です。それじゃあ、これからよろしくお願いしまーす!」 自己紹介をすると、職員室にいた先生達が拍手を送ってくれて、俺は一礼し、校長の案内で教室の方へと行った。 教室は靴箱の近くの階段を上り、手前から2年1組、2組と並んで廊下の突き当たり近くに教室があった。 ここだったらわかりやすくて迷わないだろう。 ガラッと音を立てカツランが2年3組と表記された教室の扉を開き先頭を切って入った。 いつの間にかカツランのカツラは役目を果たしてるかのように自分のあるべき場所へと収まっている。 もうどっちが本体なのかわからない。 「おはようございます! 今から転校生を紹介します」 カツランが話している時にこっそり教室を覗くと、女の子達は聞いた通り死んだ魚の目をしていた。 実際には死んだ魚の目なんて見たことは無いが、それしか表現のしようがなかった。 それくらい目が虚ろでカツランの話なんて右耳から左耳に抜けてるようだ。 これが優作先生の力か…… 「さ、どうぞ! お入りください!」 「う、うっす」 カツランの異様に溌剌(はつらつ)とした声に促され教室の中へと足を踏み入れた。 カツランのやる気スイッチってカツラなの? すごいキャラの変わりようじゃね? 「え、うそっ! めっちゃかっこいい!」 「さっき靴箱のところで見た人じゃん」 俺が教室に入ることによって、女の子達のおめめに生気を取り戻し黄色い歓声を聞こえてくる。それを十分に聞いて満足したところでゆっくりと口を開いた。 「今日からここに転校する霧矢隼人です! みんな気軽に隼人って呼んでな!」 職員室の時よりも大きな拍手が送られた。 人数がこっちの方が多いというのもあるがこっちの方が拍手の音が若々しい。なんて言ったら失礼か。 ザッとクラスを見渡すと男子より明らかに女の子達の方が多い。 つまり、ここは天国! 楽園! 桃源郷! 比率的には4:1くらいかな? 自分の人生選択を間違ってなかったことがわかり、とても満足だった。 カツランも微笑んでいて心做しかカツラも爽やかに揺れている気がする。 「それとー! 随時彼女募集ちゅーだから、よろぴくっ!」 ピースサインをしながら告げると、クラスがドッと笑いが起きた。 流石人生勝ち組。 この高校の生活でもおおむね大丈夫そうだな。 俺はフッと密かにほくそ笑んだ。別に悪役とか悪い意味じゃねぇからな! みんなと仲良くできそうだなとか思っただけだから! ーーガラッ。 俺が自己紹介をしていたら、突然扉が開き女の子達が微かに黄色い歓声を送っていた。 誰が入ってきたかなんて女の子達の様子を見れば一目瞭然だ。いちいち扉の方を見なくてもわかる。 おうおう。ついに優作先生様のお出ましってか? 「すみません。校長先生。ありがとうございます」 「いやいや、間に合ってよかった」 低く落ち着いた声。 この声を俺は聞いた事があった。 だけど、認めたくない。こいつがここにいるなんてことを。 俺は怖いもの見たさで考察の答え合わせをしようと不良品のロボットのようにぎこちなく声の方を向いた。 「やっぱ、さっくーかよ! あ、やべ……!」 目の前には無造作ヘアーの黒髪にタレ目で、右目下の涙ボクロが色っぽい男。月島優作がいた。 男の俺ですらイケメンだと思ってしまうほど芸能人顔負けの美貌に思わず息を吸うのも忘れていた。 久しぶりに見たけど、相変わらずの破壊力だな…… 「お前、隼人か!? なんで!?」 「いや、その……人生リセットするために転校したっつーか……なんつーか」 俺はもごもごとした口調で話すと、聞こえてたのか聞こえてないのかわからないが先生は目を細め少しだけ嬉しそうな表情をした。 その優しげな表情に女の子達は軽く悲鳴をあげた。 その悲鳴はあれだろ。なにこいつきもーいの悲鳴だろ? な? な!? 「ーー先生と隼人って知り合いなの?」 1人の女の子が俺に向けてた声よりワントーン高くして先生に聞いた。 「俺は隼人の中学2、3年の時の担任なんだ」 「へぇ! じゃあ、さっくーって?」 「その時のクラスの奴らからのあだ名だ」 「じゃあ、私達もそう呼ぼ!」 「うん! そうしよ!」 さっきまで俺にわーきゃー言ってた女の子達が一気にこいつに横取りされた気分だ。否、気分ではなく事実横取りされた。 こいつが来てほんの数秒しか経ってないのに、ダイソンの掃除機レベルの吸引力で女の子達を全て吸い取ってしまった。 くっそ……中学の時だってそうだった…… 唯一俺が敵わないと思えた男。 確かこいつ、俺達が卒業するのと共にほかの学校に移動になったんだっけな。それが俺の転校先とかどんな神のいたずらだよ。 いつもいつもちやほやされていた俺がこいつと並ぶと全て奪われる。 だから、俺はこいつを最大の敵だと思ってる。 俺は桃源郷から地獄郷にでも突き落とされた気分だった。 「それじゃあ、またよろしくな」 そんな俺の気持ちなんてつゆ知らず人の良さそうな笑顔で手を差し出してきた。 俺はそれを出来る限り力強く握り、負けじと微笑んだ。 「こちらこそよろしくな。せ・ん・せ・い」
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