untitled – TBD 40

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untitled – TBD 40

 濡れたからシャワーを浴びてくると言ったら土屋は頷き、煙草を銜えた。  脱ぎ散らかしたスーツが皺になってえらいことになるだろう、とか、そういえば飯を食っていないとか。色々なことが脳裏を過ったが、結局全部どうでもよくなり、桜澤は頭を空っぽにしてシャワーを浴びた。  薄っぺらなドアの向こうにいる男のことを考え、背後に手を伸ばす。何をやってんだろうなと思いながら、入口を──実際には出口だが──拡げるように指を動かし、思わず開いた口の中に入り込んだ湯を飲み込んだ。  頭の中は冷めていて、燃え上がる恋情も、すべてを焼き尽くすような熱もない。それでも、土屋と繋がりたいという欲望は確かにそこにあった。  何もかもが面倒くさいと言いながら、突っ放されても離れて行かず、忠犬よろしく待っている、案外馬鹿みたいに一途な大男。  一番近くにいたいなんて、誰よりもでかくて邪魔だというのに。  何故か溢れた涙がお湯と一緒に顎を伝って流れていく。土屋を受け入れるために拡げなければいけないのは、肉体ではないのかもしれない。だが、どうしたらいいのかなんて分からない。だから、増やした指をゆっくりと掻き回し、喉を反らせて顔に湯を当て、流れる涙を洗い流した。  いい加減に髪と身体を拭って部屋に戻ったら、土屋はベッドに腰かけていた。  座るところが他にないからなのか、そういうつもりなのかは分からない。だが、全裸の桜澤を見て片眉を引き上げたところを見ると、どうやら前者だったらしい。 「サクラ」 「……名前で呼べよ」 「何でだ」 「分かんねえ」  桜澤は土屋の脚の間に立ち、滅多に見下ろさない顔に手を伸ばした。くっきりと浮き出た頬骨から眼窩の縁をなぞるように指を滑らせ、骨のかたちを確かめる。  男前なのに怖いと言われる顔は普段と少しも変わらない。土屋は放り投げるような言い方で「圭史」と呼んだ。 「何だよ」 「キスしてえ」  両手で頬を挟んで引き寄せ、顔を傾けて口付けた。桜澤の腰に土屋の手が添えられ、引き寄せられる。両腕で土屋の頭を抱き、髪に指を突っ込んでかき乱した。  もっと深く繋がりたくて、腹を空かせた動物が獲物を貪るように舌を絡ませる。  半分だけで構わない、何もかも面倒くさいと宣う男が、丸ごと手に入れたいともがく姿を見てみたくて。 「土屋──」  土屋の手を取り、指先に噛みついて、噛んだところを舐め上げた。居酒屋で酔っ払い、誰彼構わず齧るのとは違うと、土屋にきちんと伝わるように。 「どうしたいか言ってみろよ」  濡れた指先が桜澤の肩に触れ、胸から脇腹を辿って下りて行く。長い指が尻の狭間に潜り込み、解された場所に触れて驚いたように一瞬止まる。そうして土屋は己の存在を誇示するかのように、殊更ゆっくりと、時間をかけて指を根元まで挿し込んだ。 「あ、あ……!」 「お前の中の、誰も触ったことがないとこに触りてえ」  蠢く指が粘膜を掻き分け、拡げ、拓いて行く。 「圭史」  低く囁く土屋の声に、桜澤はゆっくりと目を閉じた。  起き上がり、土屋の吸殻がベッドサイドの灰皿の中に転がっているのをぼんやり眺めていた桜澤は、皺になったシーツの中にまた倒れ込んだ。  何を何回どうやったかは曖昧だった。細部は鮮明に覚えているところもあるが、全体はぼんやりと霞みがかったように遠い。  声が嗄れるほど喘いだらしいが、どんな声を出したかは記憶にない。隣の部屋まで響かなかったことを祈るのみ、と思いながら、桜澤は咳払いし、シャワーの音に耳を澄ませた。  確かに今までで一番甘ったるいセックスだったとはいえ、終わった後に睦言を囁き合ったりは、当然ながらしなかった。億劫そうに起き上がって煙草を吸い、シャワー浴びてくる、と言った土屋のかったるそうな風情も普段と同じ。  十代じゃあるまいし、突然恋に落ちるわけもない。セックスしたらわかりやすい結論が降ってくるなんてこともない。それが現実ってものだろう。  それでも、何も変わらなかったわけではない。  ついこの間までは、酔っ払ってキスしてるなんてことも知らなかったくらいなのに、今はキスどころか、身体中触られていないところなんかどこにもなかった。  これが何なのかはまだ分からない。  単なるセフレで終わるのか、いずれ飽きるのか諦めるのか、恋愛になるのかそれとももっと違う何かになるのか、いずれにしても、まだ名前はつけられない。  天井を眺めながら、頭の中でTBD、と付け足した。  子供じゃないのだ。ずるずる引き伸ばしてもいいことはない。いずれどうするか決めなくては。でも、もう少しの間くらいなら、未定としてもいいだろう。  そのままうとうとしたらしい。気が付いたら下着とTシャツだけの土屋が屈み込んでいて、髪を拭きながら、もう片方の手で桜澤の肩に手を置いていた。 「おい、起きろ」 「ああ……?」 「帰るから、起きて鍵かけろ」 「帰るって今から? 何で」 「何でって、歩いて帰れる距離だし、今までも──」  腕を伸ばし、湿ったタオルごと土屋を抱き締めた。バランスを崩した土屋がベッドに手を突いて身体を支え、桜澤の顔を覗き込む。 「ここにいろよ」  どうかしてる、と思いながらそう言った。狭い部屋、狭いベッド。でかい男が入る余地なんかどこにもないのに。  土屋は目を細めて微かに笑い、頷いた。  いつかこの関係に名前がつくまで、一番近くに。  俺の傍に。
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